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23「宿屋兼酒場での再会」

 質屋の店主に教えてもらった宿へ向かうと、そこは空いている部屋を宿として貸し出している酒場であった。

 なるほど確かに、ここならば質屋の店主が言っていたように、ご飯の〝多い・安い・美味い〟の三拍子が揃っているわけだ。ただここでは湯浴みはできないそうなので、それだけは別の場所で済ませてきた。

 そこそこ賑わっているので本当に部屋が空いているのかだけが不安だが──


 それはいいとして、酒場の席の隅っこにもう二度と見たくなかった橙色の髪と顔を早々に見つけてしまう。


「げ」


 開口一番、苦虫を噛み潰したように表情を歪ませたアマト。


 彼の視線の先には、元気溌剌(はつらつ)すぎて周りがゲンナリしてしまうほど有り余った体力を振り撒いている男──その名もハイバイ=リィチが我が物顔で席に座っている。


 印象が強烈すぎて一発で名前を覚えてしまった。

 アマトとそう変わらない18ほどの年齢で、かなり鍛えられてがっしりとした体格の青年。


〝漆黒の蒼き火炎〟の三人組から質屋の店主を救ったと言えば聞こえは良いしそれ自体は事実なのだが、それ以上に悪い意味で周りに影響を及ぼす困った男だ。


 アマトも初対面でありながら散々振り回されて頭を抱えたのに、こんなところでまた再会してしまうとは。


 彼の嫌そうな視線の先を追いかけて、チトセもリィチの姿を捉える。双子はキョロキョロと周辺に意識を割いていた。感触が気に入ったらしい小太りの男がいるんじゃないかと探しているようだ。


 もちろん〝漆黒の蒼き火炎〟は悪党の端くれなので、こんな賑やかなところにはいない。


「どうやらあの面白い男もこの宿を利用しているようだな。どうするのだアマトよ?」

「どうするったって……」


 まだこちらが一方的に見つけてしまっただけなので、店主には悪いが宿を変えるか見つからないように受付を済ませるか──


 そんな一瞬にも満たない逡巡(しゅんじゅん)が、彼らの運命を決定づけた。


「あ! お前は! さっきのノッポじゃないか!」

「げげ」


 椅子を蹴り上げる勢いで立ち上がり、ビシッと指差される。

 あっという間に見つかってしまったので、これ以上絡まれてしまう前に踵を返すアマトであったが、時すでに遅し。


 ズカズカと機嫌悪そうに大股で道を歩くアマト。道行く人も関わらないようにしようと面白いように人混みが割れていく。

 そんな彼の背後から、呼びかけるようにうるさい声が響いてくる。


「待て待て待て待て! どこ行くんだよノッポ!」

「山の果て地の果て世界の果て! とにかくお前のいないところだよ!」

「つれないな! 共に戦った仲じゃないか! 一緒に飯食おうぜ!」

「そんな仲になった覚えはない。人違いだ!」


 共闘した瞬間などなく、強いて言えばリィチが蹴り飛ばした小太りの男をはたき落としたくらい。たったそれだけの偶然で、彼の中では『共に戦った』という認識になるらしい。


 とにかくアマトはこんな厄介な相手と関わり合いたくなくて歩き続けるが、ガッシ! と無理やりに肩を掴まれた。

 親指を背後からついてきているチトセたちへ差し向けて言う。


「後ろの三人の分も! この俺様が奢ってやるからさ!」


 くるり。


「お前あのときいきなりこっちに蹴り飛ばしやがって結構危なかったんだからな」

「どうにかなると! 信じていた!」

「どの口が言うか!」


 グチグチ言い合いつつ改めて宿屋兼酒場に入店。大きな丸いテーブルがちょうど空いたのでそこに陣取る。


「くっくっく……口で言うほど嫌ってはおらんな。こやつのこと存外気に入っておろう」


 二人の様子を見て、チトセが余計な一言を挟み込む。


 男同士で通じ合うものでもあったのだろう。文句を言い合う姿はまるで旧知の親友に再会したかのような雰囲気だ。


 彼女の言葉に嫌そうな表情を浮かべるアマトであったが、それもすぐに疲れた笑みに上書きされる。


「うるさいな、困ってる人を助けようとするやつに、悪いやつなんかいないのは当然だろ?」


 彼の持論に、リィチは嬉しそうに笑いながら、しかと頷いた。


「その通りだ! あのときお前も助けようとしてた! だからわかり合えると思って! こうして声かけたんだ!」

「よく言うぜ! 俺のこと悪党側だと勘違いしてただろ!」

「あれは! おカマをかけたんだ!」

「『お』は余計だよ!」

「くっくっく……首に()を食い込ませた男が言うと洒落にならんな」


 チトセは冗談めかして喉の奥を鳴らすように笑うと、言われて思い出したかのようにアマトは手を打つ。


「お前首は大丈夫なのか?」


〝漆黒の蒼き火炎〟の一人、草刈り鎌を使うヒョロい男に喉元を狙われ、首の肉で受け止めるという人間離れした光景を見せてくれた。

 チトセが言うには肉体を強化する〝魔法〟を使っていると言っていたが、食い込んでいたということは無傷だったわけではないということ。

 彼の首元には薄く裂傷が残っているが、出血は見られない。


「問題ない! いつものことだ(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)!」

「いつも首に鎌引っかけてんのかよ! 怖いわ!」


 キレの良いアマトの突っ込みが酒場に響き渡る。


 もちろん、鎌を首に取り付けるのが習慣化しているわけではない。

 リィチの『いつものこと』とはどういうことなのか。

 これはすぐにわかることになる。


「ふんっ」


 ぱすんっ、という小気味良い音がリィチの首から発せられる。ドラゴンでなければ見逃してしまうような、恐ろしく素早い手刀が彼の首筋を襲い、丸テーブルに勢いよく突っ伏した。


「やっと見つけたわよ! こんなところで油売ってないでさっさとエントリーしに行くわよ! もうあまり時間ないんだから!」


 リィチの首根っこを掴んでズルズルと引きずる突如現れた謎の女性。

 (とび)色のキリリとした目つきに癖のある灰色のショートカット。女性らしく出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。


 誰もが羨むシルエットにチトセの目が皿になっているのは気にしないことにして、引きずられていくリィチの足首を掴んで引き止める。


「ちょい待ち! これから飯なんだ、コイツの奢りで!」


 体が引き千切れんばかりの力で左右から引っ張られて宙ぶらりんになるリィチ。


 食えるだけ食ってリィチの財布が()を上げたら、今度は質屋で得た資金で第二ラウンド。

 ここで連れていかれてはその予定が崩れてしまう、とアマトは掴んだ足首を離さない。


 彼の一言に、女性のキリリとした目つきがさらに吊り上がるが、睨む先はアマトではなく手刀により白目を剥いて泡を食っているリィチ。


「ちょっとリィチ! ウチらにそんなお金ないのになんでそんな話になってんのよ?! どうしてセンカンダル(こんなところ)まで来たか忘れたの?! 賞金目当てでしょうが!」

「……ふむ、話が見えてきたぞ」


 静観していたチトセが顎に手を添えて呟く。


 この女性とリィチが知り合いであるのは、やりとりから見て容易に想像できる。そしてセンカンダルでは現在、大きな闘技大会が開催されているらしい。賞金やら賞品やらも半端なものではないだろう。

 集まっている他の人間同様に、この二人も闘技大会に出場することを目的としてこの街にやってきた、といったところか。


「灰色の女子(おなご)よ」

「おなご……? っても、もしかしてウチのこと?」


 見るからに年下の少女に『女子(おなご)』呼ばわりされてキョトンとした表情を浮かべる女性に、チトセは他に誰がいると顎を引く。


「うむ。そのエントリーとやらは今すぐでなければ間に合わんのか?」

「えっと、明日の正午までだけど……」

「ならば飯にしてからでも間に合おう。腹が減っては戦はできぬと言う。金がないのならば、ここは我らが支払いをもってやろう。どうする?」


 ガジャリ、と硬質な音を響かせて丸テーブルに置かれる硬貨袋。所持金は充分だ、ただの人間が二人増えたところで問題ない程度には。


「う……」


 チトセのお誘いに迷いを見せる女性。手からリィチの首根っこが滑り落ち、がごん! と音を響かせて後頭部が床に激突する。


「ご相伴に預からせてください……」

「フッ……素直でよろしい」


 勝った! と踏ん反り返るチトセ。


 プロポーションで完全に負けていることが悔しかったとか、そういったことでは全くない。

 全く。本当に。

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