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22「悪魔のような笑顔」

 腹の虫の大合唱が細い路地裏に鳴り響く。

 一触即発であった張り詰めた空気が一気に弛緩し、視線はアマトへと集中する。周りの人に余裕で聞こえてしまうくらいの、見事な合唱であった。


「アマトよ……」

「わ、わりぃ」


 額を抑えてため息をつくチトセに、頬を掻いて謝るアマト。彼の足元には小太りの男が頭を地面に埋められていて。


 それにようやく気づいたヒョロい男があんぐりと口を開ける。


「れ、レイズゥ?! ついに本格的にダルマに?!」


 見ようによってはひっくり返ったダルマに見えなくもない。


「誰が首のないずんぐりむっくりだゴラァ?! 喧嘩売ってんのかファイのくせに! 両腕切り取って鎌に付け替えてやろうかアアン?!」


 ズポンッ! と音が聞こえてきそうな勢いで地面から頭を引っこ抜き、質屋の店主に向けたようなガンを全力で飛ばしていくレイズと呼ばれた小太りの男。

 ヒョロい男はファイと言うらしい。


「誰がカマキリじゃボケェ?! そっちこそ両手両足取り外し可能にしてやろうか!」

「だから誰がダルマじゃい!」


 額をぶつけ合いながら睨み合う男二人に、呆れた様子で女が怒鳴る。


「よしなアンタたち! 今はそんなことしてる場合じゃないだろう!」

「「すんません! ホムラの姉御!!」」


 ホムラと言うらしい黒髪の女の力強い一言で、バシッと揃った動きを見せて直角に朱と青の頭を下げる。


「この街にはやかましい連中が集まっておるようだな」

「……みたいだな」


 小太りの男レイズを蹴り飛ばしたハイバイ=リィチといい、質屋の店主にいちゃもんをつけていた〝漆黒の蒼き火炎〟といい、元気が有り余っているのか初手から騒がしい連中に関わってしまった。


「おいお前! ノッポの! お前だ!」

「は、俺?」


 なにを思ったのか、リィチはズビシとアマトを指差し、こんなことを言ってきた。


「さてはお前もこの連中の仲間だな! 成敗してくれる!」

「はぁ?! んなわけないだろうが! こんな連中と一緒にすんな!」


 慌てて否定するとリィチは目を丸くしながら、


「そうか! それはすまなかった!」


 と一瞬で手の平返し。


「なんなんだ……」

「くっくっく……面白い人間もいたものだ」


 振り回されて反応に困るアマト。


 まだセンカンダルにやってきて間もないのに早速疲れを感じ始める彼に、喉の奥で堪えるように笑うチトセ。自分は当事者じゃないからと傍観を決め込む気でいるらしい。


 リィチはさらにうるささを増しながら続ける。


「仲間じゃないなら手を貸せ! 見たところお前強いだろ! 一対三より二対三だ! そのほうがまだ平等だろ!」

「俺を巻き込むなよ?! 先に手を出したのはお前なんだからお前がなんとかしろ!」


 アマトよりも先に彼が手を出していなければ──


「出したのは! 足だけどな!」


 訂正。足を出していなければ彼の代わりにアマトが制裁していたところだったが。


「言ってる場合か! 来てるぞ!」

「隙ありだぃ!」


 アマトとリィチの言い争いを待たず、ヒョロい男ファイが意外にも素早い動きでリィチの懐に潜り込んだ。その手にはいつの間にか草刈り鎌が握られていて、凶刃は命を刈り取らんと正確に首を狙い振り抜かれる。


 街中でありながら、容赦のない不意打ちに表情を固くしたアマトであったが、血飛沫が上がることはなく、ファイの手に草刈り鎌が握られてもいなかった。


「ほう? やはり面白い男だ」


 腕を組み、感心の吐息をこぼしたチトセ。


 確かに草刈り鎌の刃はリィチの首に命中した。その証拠として彼の首には草刈り鎌が食い込んでいる(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)


 そう、食い込んでいるのだ。


 皮一枚。肉のほんの少しが切れただけで、そこで止まっていた。そのまま強引に振り抜こうとしたため、ファイの手からすっぽ抜けてしまった、ということらしい。


 首に草刈り鎌を食い込ませたまま腰に手を当てて仁王立ち、ニッと力強く笑う。


「意外とやるな! だが俺様のほうが一枚じょうず(﹅﹅﹅﹅)だったな!」

「正しくは『一枚上手(うわて)』であるな」

「だよな」


 いちいち微妙に間違えるリィチの発言を訂正しつつ、アマトは内心ではかなり驚いていた。

 それもそうだろう、容赦のない刃物の攻撃を己の肉だけで受け止めたのだから。しかも簡単には鍛えることのできない首で、だ。


 これはなにかしらの仕掛けがないと説明できない。というか納得できなかった。

 なので、なにが起こっているのか一人だけわかっていそうなチトセに聞いてみる。


「なぁ、あれどうなってんだ?」

「チトセと呼べと言っているだろう。──あれは〝魔法〟だな。詳細はわからぬが、己の肉体を強化しているようだ」


 魔法とは、神羅万象に宿る〝魔力〟を操り超常現象を引き起こす技法のこと。


 リィチは自分の体に宿っている魔力を操作して肉体を強化し、首の筋肉だけで刃物を受け止めた、ということらしい。


「魔法を扱える人間はかなり珍しいと記憶していたが、こんなところで出会(でくわ)すとは。いつの間にか時代は変わったのかもしれんな」


 などと感慨に(ふけ)って神妙に頷くチトセ。


 アマトも初めて目の当たりにした魔法に僅かばかり興奮を覚えるが、八代目村長の紙芝居で聞いた巨大な火の玉を放つようなド派手な魔法ではなく、パッと見ではなにも変わらない身体強化系の魔法。

 正直地味だなと思ってしまったのは、なにも彼だけではないだろう。


「魔法ってもっと夢のある力だと思ってたんだけどなー」

「「わたしもー」」


 残念そうに肩を落とすアマトに、ヨウとリョクの双子が同意だと声を揃えた。


 そんなやりとりをしている間に、リィチと〝漆黒の蒼き火炎〟の三人による戦いとも言えない戦いはいつの間にか終わっていた。

 相手(リィチ)が魔法を使えるとわかった途端、分が悪くなったと判断したのか一目散にトンズラしたのだ。


 スタコラサッサと走り去っていく背中を見送りながら、


「引き際を理解しているか。アホくさい連中だが存外食えんやつらよ」


 チトセは感心していた。


 リィチは『二対三』などと言っていたが、実際はチトセたちも含めれば五対三になる。あの三人組がチトセたちの実力を正しく見破ったとは思えないが、この逃げ足があるからこそ他人を脅すような悪さを働いても捕まらないでいられるのだろう。


「この俺様が! 悪党をみすみす逃すと思うかっ!」


 逃げた三人を追いかけてリィチも颯爽と駆け出し、あっという間に路地裏の影に姿を消してしまった。


 ……首に草刈り鎌が食い込んだままで。


 あの状態で街中を駆け回ることになるのだから変な噂が広まるの待ったなしである。


「やれやれ。なんだったんだ……」


 唐突にやってきて唐突に去っていく突風のような出来事に言葉もない。


 双子は小太りの男レイズを突く感触が気に入っていたのか、遊び足りないとでも言いたげな、物足りなそうな目で見送っていた。


「──っと、そうだそうだ!」


 危うくなにをしようとしていたのか忘れかけて手を打つアマト。


 道中で手に入れた水晶玉を換金して宿や食事など必要経費を(まかな)おうとしていたのだった。


 その質屋の店主が両手をすり合わせながらアマトに歩み寄って営業スマイルを浮かべる。


「ありがとうございます! おかげで助かりました……ああいった輩は後が絶えないものでして……」

「あー……まぁ、どういたしまして? 俺はなにもしてないけどな」


 強いて言うなら蹴り飛ばされたレイズを叩き落としたくらいで、後はほとんど見ていただけ。〝漆黒の蒼き火炎〟を追い払ったのはリィチなので、お礼を言うなら彼に言うのが適切なのだが、肝心の本人は不在なので致し方なし。


 後ろに下がって面白がっていたチトセも歩み寄り、腕を組んでわかったように頷く。


「『商売人は苦労人』とも言うしな、大変な仕事と思うが、精進せよ」

「は、はい。ありがとうございます、がんばります」


 見た目だけは12、3歳の少女に上から言われて面食らう店主だったが、さすが商売人なだけあって様々な客からの対応には慣れているようであった。


 アマトは懐から水晶玉が纏めて入れられた袋を取り出す。


「えっと、コレ買い取ってほしいんだけど、いいか?」

「もちろんですとも! それは構いませんが、あの人たちを追わなくてもよろしいので?」

「巻き込まれただけで俺たちは無関係だから」


 手の平を向けてキッパリと言い切る。あんな変な連中と関わりがあると思われたくない。

 質屋の店主も「さようでしたか」と特に言及することなくアマトから袋を受け取り中身を検分する。


「これは……質の良い水晶ですね。少し傷が目立ちますが、数があるし助けてもらった恩もある。計算するので少しお時間いただけますか?」


 レンズの嵌め込まれた小さな筒を覗き込んで、すぐにそれが水晶玉であり傷があると、チトセと同じ目利きをした。

 この店主の鑑定眼は確かなもののようだ。


「いいけど、急いでくれると助かる。その金で飯と宿を探したいんだ」


 頷くと、店主はパッと華やいだ笑顔を浮かべて「ああ!」手を打つ。


「それならば私のほうに伝手がありますのでご紹介しましょう。今は大きな闘技大会が開かれておりますので宿はほとんど埋まっているんですが、そこならば大丈夫でしょう。ご飯も〝多い・美味い・安い〟の三拍子揃ってますよ」

「ホントか?! そりゃ助かる!」


 人の多さ、人種の多様さはその〝闘技大会〟の影響もあるようだ。


 しばらく店主の計算を待っていると「お待たせいたしました」と声をかけてくる。営業スペースの布の上にはアマトが持ち寄った水晶玉が広げられていた。


「全て合計してこれくらいになります。助けてくれたお礼として少し色をつけさせてもらいました」


 ジャラリと音を立てながら並べられる金、銀、銅の硬貨たち。


「おお、なんか悪いな」

「いえいえ。命の恩人と言っても過言ではありませんから、これくらいは当然ですとも!」


 特になにもしていないが、貰えるものは貰っておく。善意はありがたく受け取ろうではないか。


 店主の言う通り傷がついている分は引かれているがそれでも結構な額になった。これならば四人分のまともな宿とご飯にはありつけそうだ。


 あまり見たことがない額を前に目をお金のように輝かせるアマトであったが、そこへチトセが待ったをかけた。


「足りぬな」

「……足りぬ、ですか?」


 チトセの一言に反応して首を傾げる店主。アマトも「どうしてだ?」と一緒になって首を傾げた。


「これだけあれば充分だろ? お金余らせても持ち歩くの大変だし俺はこれでいいと思うが」


 硬貨はどれも重量感があり、旅に持ち歩くには不向きなのだ。必要最低限だけ所持して、余った分は使い切ってしまうのが良いと言われている。


「甘いなアマトよ。いくらあろうがどうせ大半は今日明日で飯に消える。ならば少しでも多いほうが良かろう」


 大食らいがここに四人も揃っているのだから確かにその通りだ。食べられるときに食べられるだけ食べておかなければ、次いつ食料にありつけるかわかったものではない。


 ここにはドラゴンという伝説級の生物が三匹も揃っているので、食料問題はどうにでもできるが、あまり人前で〝奇跡〟を使うのは避けたい。


 だが、彼女が言った「足りぬな」とはそういうことではなかった。


「店主よ。計算は合っているようだが、式が間違っておるぞ」

「い、いえ、そのようなことは……」

「あの三馬鹿の目は誤魔化せても我の目は誤魔化せん。随分と嘘とスリが達者(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)のようだな」

「え?! マジか?!」


 チトセの言及により、一挙に視線が質屋の店主へと集まる。


 店主の営業スマイルに冷や汗が滲み始めた。それでもその笑顔を崩さなかった商魂だけは天晴(あっぱれ)である。


「水晶の数が少しばかり減っているようだが、どこへやった?」

「せ、正確な数をご存知で?」


 自信満々に胸を張り鼻を鳴らすチトセ。


「無論だ。先ほど三馬鹿が持ち込んだミシチル陶器も欠片が足りないから復元できないと言っていたな? あれは嘘であろう」

「……根拠はあるんですか?」

「一目でわかる。なんなら実演して見せても良いぞ? ちょうどあやつらは売り物を置いて逃げたようだしな」

「…………」


 チトセは青い視線を差し向けて「どうする?」と圧をかけていく。小さな体でも自信に満ち溢れた謎の存在感だけは大きく、店主は喉を鳴らして手を挙げた。


「参りました、降参です。まさかこんな女の子に看破されてしまうとは……私もまだまだのようです」

「うむ、今回ばかりは相手が悪かったな。筋は悪くない、もっと精進せよ」

「はい」

「いやどこから目線だよ」


 こうしてチトセのお陰で無事全ての水晶を正しく換金し、店主に教えてもらった宿へと足を向けたのだった。




   ***




 いつにも増して騒がしいお客が立ち去り、静かになってからしばし。


「こーんばーんは、おじさん」


 また新たなお客がやってきた。今日は珍しく来客が多い日のようだ。闘技大会があって人が多く集まっているとはいえ、ここまで連続することはあまりない。

 だがそれは稼ぎ時を意味する。このチャンスをみすみす逃すようでは商人失格だ。


 質屋の店主は変わらぬ営業スマイルを浮かべる。


「いらっしゃいませ。お買い物ですか? それとも買い取りですか?」


 こんばんは、と挨拶をする時間にはまだ早いが、あまり気にしないことにする。


 新たにやってきたお客はタンクトップにホットパンツという肌を露出させた赤い目の少女。緑色の髪をサイドアップに纏めた身なりで、この辺りではあまり見かけない顔をしていた。例によって『闘技大会』を目当てにやってきたのだろう。


 先ほどやってきた小さな少女にはしてやられたが、毎回毎回あんな失態は晒さない。この仕事を始めてもう十年以上も経つ大ベテランだ、商品を見る目を養えば人を見る目も養われるもの。

 この少女は……カモだ。疑うことを知らない純粋な瞳の輝きを持っている。


 店主の質問に答えず、少女はしゃがみ込み、並べられた品を端から端へ流れるように見ていく。

 と、とある一点でその視線が止まった。


「あ、この水晶……やっぱりわたしのだ」


 それは先ほど買い取ったばかりの質の良い水晶玉たち。かなり儲けさせて(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)もらった《﹅﹅﹅﹅》ので先ほどのお客には感謝だが、まだ売りには出せない。表面の傷を綺麗に削り取って初めて大きな利益となる。


 少女は水晶玉を見つめながら大きくため息を溢す。


「売っちゃうなんてひどいなぁ。そう思わないおじさん?」

「ええと……?」


 少女は同意を求めてきたが、なんの話をしているのかこちらはサッパリだ。知っていること前提で話されても、困惑する一方である。


「だってこの水晶わたしのなんだよ? だから返してもらうのは当然だよねぇ」


 ニッコリと笑う彼女の微笑みには、暖かみが微塵も感じられなかった。


「い、いえお客様、そちらはまだ売り物ではありませんので──」

「当然だよ。わたしのだから」

「ですから──」

「おじさんスリが得意なんだってねぇ?」

「……急になんですか? 変な言いがかりは──」

「本物のスリってこうやるんだよ」


 一向に話を聞かない少女はフッ、と強めに店主の顔に息を吹きかける。


 ほんの一瞬。ただ瞬きを一度しただけ。

 その瞬間に、視界の半分が闇に閉ざされていた。

 彼女の指先には、白い球体が摘まれていて。


「あ、ぁ……、?」

似合ってるよ(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)水晶の目(﹅﹅﹅﹅)♪」

「──ア″ッあ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″ぁ″ぁ″?!?!」


 路地裏に悲鳴が響き渡る。それは雑踏にかき消されて、誰の耳にも届かない。この街で他人の絶体絶命に目を向ける者はいない。


「人間の悲鳴もたまには悪くないね♪ でもおじさんの声は少し汚いしもう飽きちゃった」

「んグ──?!」


 息を吸うタイミングで手に持っていた物を口の中に放り込んで喉に詰まらせ、黙らせる。


 もがき、苦しむ姿を楽しげに観察する。

 店主が動かなくなり静かになるまで、ただただ見ているだけだった。


 悪魔のように無垢(むく)な笑顔で。

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