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21「センカンダルの喧騒」

 そこは、多くの人が集い、賑わい、闘う街(﹅﹅﹅)、その名もセンカンダル。

 巨大な円形の土地を十字に切り裂くように大通りが走り、通り沿いには武器・防具を取り扱う装備品屋、家具や食器、衣類などの日用雑貨屋、さらに野菜や果物を販売している八百屋まで、多種多様な店が立ち並び、しのぎを削るように日々賑わいを見せている。


 雑多に行き交う人々に紛れて、初めてその地の土を踏む四つの人影があった。


「ここがセンカンダル……!」


 人の多さ、街の広さだけでなく、獣人、魚人、亜人などの人種の多さに驚きを隠せないのは、刺々とした赤髪の少年──アマト。日頃の修行の成果が現れ始めているのか、鍛えられ引き締まった四肢(﹅﹅)にしなやかさや強靭さまで現れ始めている。


 道中でプテギノドンとの激しい戦いにより片腕を吹き飛ばされたはずだが、元通りになっていた。それは彼の体に巡る〝ドラゴンの血〟が再生力を極限まで高めてくれたお陰である。


「すっげぇ! こんなの見たことねぇ!」


 特に眩しくもないのに復活した手で(ひさし)を作り、大通りの千変万化を堪能する。


 彼の生まれ故郷、ファウストリ村は小さな田舎村だった。次に訪れた町もグリズギルの襲撃により、いくらか焼け落ちてしまったとはいえそこまで大きくはなかった。


 それと比べるまでもない人の多さ。初めて見る建築物の数々。これが興奮せずにいられようか。

 少年の冒険心はこれまでにないくらい(くすぶ)られまくっていた。

 人でごった返していなかったら端から端まで全力疾走で巡りそうな勢いである。


「「すっげー!」」


 そんな興奮冷めやらぬ彼の両隣で、小麦色の肌をした瓜二つの幼い双子の女の子──ヨウとリョクが同じような格好で同じような言葉を口にする。


 名前の由来となった緑色の大きな双眸(そうぼう)をキラキラに輝かせて、双子も人の多さに落ち着きを忘れていた。まだ小さな体ゆえ雑踏に紛れて景色など人混みしか見えないが、他人の真似をするのが子どもというものである。

 ちなみに、赤茶けた髪を木葉の髪飾りでお下げにしているのがリョク、前髪を分けているのがヨウだ。アマトは未だに髪型が変わると、どちらがどちらか分からなくなる。


「はしゃぐ気持ちはわかるがな……迷子になるでないぞ」


 そんな彼らの背後。一歩引いた位置から小柄な少女──チトセがやれやれと呆れたように肩を(すく)める。


 褐色の肌に艶やかな土色の髪を腰まで伸ばし、青い瞳を快活そうな表情に宿す少女。見た目は人間でもその正体はドラゴンであり、とても見えないがヨウとリョクの母親でもある。つまりヨウとリョクの正体もドラゴンということだ。

 三人ともドラゴンが使う不思議な力〝奇跡〟で人の姿になっているのだ。


「ほれ、まずは質屋(しちや)を探すぞ。これだけの街ならばどこかにあろう」


 嘆息混じりに腰に手を当てるチトセ。


 すでに財布の中身はカツカツなので、道中で手に入れた水晶の眼球を換金して、まずは宿を確保したい。湯浴みをして体を清潔にしてから、食事に着替えに旅に必要そうな消耗品や保存食の調達など、やらねばならないことはたくさんある。


「──っよ! ほら、これならもっとよく見えるだろ!」

「「うわーい!」」


 だというのにアマトは楽しそうに双子を両肩に担ぎ上げ、遠くの景色を見せてやる。


 うじゃうじゃと歩き回る人間をしばらく堪能してから、双子は同時に指を差した。


「パパーあれなにー?」

「まあるいでっかいやつー」

「んー?」


 言われて街の中央を凝視すると、そこにはケーキのように横に大きく広がる円柱状の建物が(そび)え立っていた。他の建物よりも頭一つ抜けた高さを誇り、明らかに他とは違う異様で異質な雰囲気を醸し出している。


 まるで目に見えるほど殺気立っているような──


「あー、あれは……なんだろな?」


 これだけ人が集まる大きな街だが、彼もファウストリ村から出たことはないので来たのは初めてだ。あんな大きな建物は初めて見る。


 三人揃って首を傾げていると、チトセが答えを教えてくれる。


「あれはどうやら『闘技場』のようだな」

「とうぎじょう? 闘うのか?」

「うむ。周りの人間がそのように話しているのが聞こえてきた」

「この人混みの中で聞き分けられるのかよ」

「ドラゴンであるからな!」


 ふふんと控え目な胸を張って誇らしげに鼻を鳴らす。


 しかし『闘技場』ならば彼らとは無縁の施設。今は闘いに興じている場合ではなく、最北端に位置するバドラギ王国へ向かい復讐を果たすのが最終目的であり、まだどこかで生きているかもしれないファウストリ村の人たちの足取りを追うのが先決だ。

 所詮、センカンダルは情報収集のために立ち寄った中継地点に過ぎない。寄り道をしている場合ではないだろう。


「その地獄耳で質屋の場所も割り出せたりしないか?」

「やってみよう──わかったぞ」

「はやっ」


 そっと瞳を閉じて集中する態勢を取ったのはほんの僅か。あっという間に欲しい情報を仕入れてしまった。


「パパーあっちだってー」

「そこのろじうらだってー」


 やはりドラゴンの子はドラゴン、ということか、双子もチトセと同じ会話を耳にしたらしく三人分の視線が大通りを逸れた脇道へ集まる。その先に、目的の質屋があるらしい。


 自分の肩に乗せることができるくらい小さな子どもでもできることができず、アマトはガックリと肩を落とす。その拍子に双子も肩からスルリと滑り落ちた。


「ここでも俺は役立たずか……」


 成り行きとはいえ双子の父親ということになっているのに、まったくもってお手本になれないことに歯噛みするアマト。


 ぼやく彼に、チトセはゆるゆると首を振ってしたり顔を向ける。


「いや、そんなことはないぞ。頭一つ出ているから見失わない」

「ただの目印じゃねぇか?!」


 嬉しくない慰めの言葉に突っ込みつつ、人混みを(かわ)しながら三人があっという間に見つけてくれた質屋へと向かう。


 細い脇道に入り道なりに進んでいると、すぐにそれらしき出店を発見。道端に布を広げ、買い取ったと思しき中古感満載な商品に直接値札を付けて販売していた。

 早速水晶玉を買い取ってもらいたかったのだが──先客がいた。


「やいやいジジイ! 苦労して手に入れたのにたったこれっぽっちってのぁどういうこったい?!」

「ジジイの目は節穴か?! もっとよく見ろ、値打ちもんだってわかんねぇかな?!」

「やめなアンタたち、騒いじゃってみっともないったらありゃしない。けど、言ってることはもっともだ。どうしてこんな端金(はしたがね)なんだい?」


 質屋の主人に詰め寄るように、二人の男がガンを飛ばし、女がそれを(たしな)めるという謎の現場に直面した。


 一人は背が低く小太りの男。一人はヒョロリと細長く痩せた男。一人はグラマラスだが化粧ケバケバの女という組み合わせ。


(素材は良いのに化粧厚塗りで香水の匂いもキツすぎる。もったいないのう)


 とは、同じ女性視点で見たチトセの評価である。

 ちなみに、


(太ってるけど鍛えて絞れば強くなりそう。細いほうもいっぱい食って筋肉つけりゃ変わるだろうな。もったいない)


 とは、同じ男性から見たアマトの見解だ。


 質屋の主人は額に汗を浮かべて困ったように笑いながら、三人組が持ってきたと思しき品を手で指し示す。


「材質から見るにこれは確かにミシチル陶器の大皿で間違いありませんが──」

「だったらなんでだよゴラ!」


 眉間にシワを寄せて唾を飛ばす。それをどうにか手で防ぎながら、


「このようにバラバラに砕けてしまっていては商品としての価値はありませんし、見たところ欠片も足りないから修復もできません。少しでも値が付くだけウチはマシかと。どこに持っていっても同じようなことを言われると思いますよ」


 客にいちゃもんをつけられるのは慣れているのか、冷静に価値の解説をする店主。


 チラリと覗き見ると、確かに白い大皿らしきものが鋭い破片と成り果てている。店主の言うように、見る人が見たらただのゴミにしかならないものを雀の涙だろうが買い取ってくれようとしてくれるだけマシかもしれない。


 だが三人は物分かりが悪いようだった。

 男の片方、小太りな男が懐から鋭く砥がれた園芸用のシャベルを取り出したのだ。


「あんま調子こいてっとテメェの臓器売っ払ってもいいんだぞ?」

「あいつら……!」


 さすがに見ていられなくなったアマトがその一歩を踏み出す直前。


「──成・敗!」


 威勢の良い掛け声とともに、小太りの男の顔面が変形した。

 突如現れた何者かの足裏が吸い込まれるように頬に当たり、錐揉(きりも)みしながら吹き飛ばされる。

 その先にはアマトがいて。


「おっと」

「ごぶっ?!」


 反射的に体が動き、ハエを叩き落とすようにして迎撃し、小太りな男の頭を地面に埋めてしまった。


「やっべ……」

「別に良いであろう。降りかかる火の粉──いや〝人の子〟を払っただけに過ぎん。……これ子らよ、あまりツンツンしてやるな」


 ついうっかりやってしまったと苦い顔をするアマトに、放っておけとチトセは適当にプラプラと手を振った。


「このにんげんいきてるー?」

「このにんげんしんでるー?」


 汚い物を触るように、近くにたまたま落ちていた棒でツンツンと(つつ)いて遊び始める双子。


 唐突に強力な一撃を二発も貰った男はピクピクと痙攣し、意識を失っていた。


「何者だい?! アタシらを『漆黒の蒼き火炎』と知っての狼藉(ろうぜき)なんだろうねぇ?!」

「……しっちゃかめっちゃかだな」

「うむ。黒なのか、青なのか、赤なのか」


 怒鳴る女に対して肩を(すく)めるアマトとチトセ。


 この三人組にはどうやら通り名のようなものがあるようだが、世間から遠く離れたところに長いこと暮らしていたため初耳である。しかもなにが言いたいのか全くもって伝わってこない。それが狙いだというのならたいしたものだが、そこまで考えられた名前には到底思えなかった。

 強いて言うなら三人それぞれの髪色がチトセが言った三色、女が黒色、小太りが青色、ヒョロは朱色になっている。

 内一人は地面に頭が埋まっているのでよく確認できないし汚れているだろうが。


 小太りの男を蹴り飛ばした張本人は、ドンッ! と空気を震わせるほどの勢いで自らの胸を叩き、(うた)い上げるように声高らかに宣言する。


「『何者か』だって?! 『聞かれちゃ答える』が俺様の信条よ! 耳を掘り抜いてよぉく聞きな!」


 何者かの歳はアマトとそう変わらない18ほどに見える。身長は彼に及ばないが、その代わりかなり鍛えているのかがっしりと引き締まった身体をしている。そうでなければ小太りの男を一撃で吹き飛ばすなどできはしなかっただろう。橙色の髪を(なび)かせて、力強い視線を差し向けていた。


「掘り抜いたら聞こえないよな」

「うむ。正しくは『かっぽじって』だな」


 完全に蚊帳の外になってしまったので、のんびりと突っ込みを入れる二人。双子は感触が面白いのか未だに小太りの男を突いて遊んでいる。


「俺様の名前は! ハイバイ=リィチ! 泣く子も笑い! 怒る子は知らん!」

「知らんのかい」

「泣く子を黙らせるのではなく笑わせるとは、ポイント高いぞ」


 思い思いに率直な感想という突っ込みに忙しい二人に構わず、リィチと名乗ったうるさい男の名乗りは続く。


「悪事を働くヤツはその辺の人が許してもこの俺様が許さん! 覚悟しろ!」

「『創造神が許しても』くらい大見栄張ってもよかろうに。これは減点対象であるな」

「そうか? 俺は逆に追加点だね」


 チトセに勝手に評価されるリィチには同情の余地があるが、アマトはむしろそこにこそ好感触を感じた。


 厄介ごとに巻き込まれまいと見て見ぬフリをする人が蔓延(はびこ)る世の中で、この男は果敢に立ち向かっていったのだ。神の名を持ち出すよりもよっぽど信憑性があるというものだ。


 うるさい男リィチと、〝漆黒の蒼き火炎〟のしっちゃかめっちゃかは睨み合う。


 一触即発な空気が流れる中で──




 ぐぅぅぅぅぅぅ……。




 場違いな気の抜けた音がこだまする。


「アマトよ……」

「わ、わりぃ」


 ──アマトのお腹から空腹を知らせる腹の虫の大合唱が鳴り響いたのだった。

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