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20「反撃開始の合図」

「急ごしらえではこれが限界だ」

「一撃耐えてくれりゃ充分!」


 ガギン、と硬質な音を響かせてアマトは拳と拳を打ちつける。


 チトセの〝奇跡〟の力を使い、彼の両手両脚に鱗状の装備を身につけた。そんじょそこらの鉱物より硬く軽いそれは防具でもあり、武器でもあった。自慢の俊敏性を損なわないよう、攻撃する際に必要な部分のみに絞っている。


 できないことなどないと思わせてくれるほど、ドラゴンの〝奇跡〟とやらは万能だ。


「ヨウとリョクも時間稼ぎお疲れ! 次にいってくれ!」

「「わかったー!」」


 ヨウとリョクの双子はアマトの『試してみたいこと』を話している間の時間稼ぎを立派に務めてくれた。

 彼の『試してみたいこと』はやってみる価値はあり、と太鼓判も貰った。あとは実行あるのみ。


 チトセ、ヨウ、リョクの三人はその場を離脱。プテギノドンとの対面をアマト一人へと託す。


「死んでくれるなよ」

「誰が」


 チトセの心配を一蹴して、凶悪に微笑む。三人が必死に頑張ってくれている中、動けなくて見てるだけだったのだ、(うず)いて疼いて仕方がなかった。


「やるっきゃねー! やってやる、やっちまえよ俺!」


 己の頬を叩き、気合を注入。


 大空を旋回するように飛び、こちらの様子を窺っているプテギノドンに指を差す。


「さあ来い鳥野郎! 溜まった鬱憤(うっぷん)お前で晴らしてやるぜ!」


 大声で挑発すると、それを理解したかのようにアマト目掛けて急降下。当たれば一撃必殺の槍と化したクチバシで貫かんと羽ばたいて一気に加速。


 落下と羽ばたきによる合わせ技で目にも止まらぬ速さを実現し、瞬きも許されぬ凝縮された瞬間に彼はその身を置く。


 一つの判断ミス。

 一つの行動ミス。


 あらゆる些細な間違いが、そのまま死に直結する。


 それはまさに死闘である。


 全身を流れる血が沸騰する感覚に身を委ね、一息で呼吸を整えてタイミングを合わせる。


「ドォラァ!!!!」


 鋭いクチバシが彼の体を貫くその直前、素早く半身を引き、丸太を脇で抱えるようにクチバシを両腕で挟み込む。


 ギォリィ! と耳障りな音を立てて全身に激しい衝撃が突き抜ける。


 どうにかチトセから貰った防具は一撃耐えてくれたようだ。むしろ防具よりもアマトの体のほうが耐えられるのか心配だったが、チトセとの修行により多少なりともドラゴンの血が濃くなった影響か、身体能力強化も向上していた。


 大地に両脚の跡を延々と伸ばしながら、確かめる。


「やっぱり──なっ!」


 そして推測が確信に変わる。確認したいことをどうにか確認できたアマトは、ついでにクチバシに拳をハンマーのようにして打ち下ろす。本当は脳天目掛けてやりたかったが、クチバシが長くて届かない。


 密着された状態では流石のプテギノドンもこれを躱すことはできず、モロに喰らうと甲高い咆哮を上げてアマトを振り払い、遥か上空へ避難する。


 その目は怒りに燃えるように赤く染まり、アマトを睨みつけている。


「確かにかてぇ……!」


 パキャ、と小気味良い音を立てて打ち下ろした腕に装備していた防具がバラバラに砕ける。


「けど、これならいける気がする……!」


 返ってきた衝撃に手を振りながら、手応えに口角を上げる。


 大したダメージを与えたわけではない。しかしそれは相手の最も硬い部分を攻撃したから。どこかに必ず脆い部分が存在し、そこならば大きなダメージを与えることができるはず。


 ならばそれはどこか。答えは難しくない。


「チトセ! やっぱりこいつの目も水晶(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)だ!」

「よしきた!」


 後方に待機していたチトセに大声で確かめたことを伝えると、待ってましたとばかりに天を仰ぐ。

 戦場において敵から視線を外すなど愚の骨頂。だが今ばかりはそれが必要なとき。


「む、あれか! 本当にいおったわ!」


 遥か上空の彼方に、目的の影を確認する。それは夜空に紛れるように全身を黒くしたカラスであった。


「誰かは知らぬが、無粋な真似をしよって……小細工は好かん──っぞ!」


 手に持った小石を全力投擲。音すら置き去りにしながら真っ直ぐ吸い込まれるようにカラスの体を撃ち抜いてバラバラに粉砕する。


「こっちにもー!」

「あっちにもー!」


 双子もそれぞれ別の場所に同じようなカラスが上空を旋回している姿を見つけ、(つる)の槍で貫き、風の刃で切り裂く。


「アマト! 全部墜としたぞ!」

「でかした! これで自分の視界(﹅﹅)しかないはずだ!」


 そう、チトセが言っていた例え話──水晶を通じて視界を共有し、動物を操る魔法を使う何者かがいる、という仮説は恐らく正しい。


 見えない部分はカラスの視界で補う。これがプテギノドンの異常なまでの回避率の理由だ。


 その仮説を証明するかのように、今まであり得ないほどの反応速度と視野の広さで回避していた攻撃が当たり始めた。

 だが風の刃も、蔓の槍も、装甲のように硬い外皮を傷つけることは叶わない。やはり双子の〝奇跡〟では攻撃力がどうしても足りないのだ。


 あの外皮を砕けるのは、チトセと……恐らくアマトだけ。


「三人とも! あとは我に任せよ!」

「しくじんじゃねぇぞ!」

「誰が!」


 真似るように軽口を返してチトセは両脚に全力を込めて引き絞る。その間にアマトは囮としての役割を全力で果たし、双子もそのサポートへ回ってチトセの一撃必殺を援助するために動く。


 アマトが立てた作戦は簡単だ。


「リョク!」

「うん!」


 アマトの合図でリョクは暴風を起こしてプテギノドンの突進ルートを巧みに操り、正面からの一本に絞る。


「ヨウ!」

「うん!」


 ヨウに合図を送ると、蔓を編み込んで巨大な網を作り出し、捕縛する準備を整える。

 残るは──


「よっしゃ、きやがれぇ!」


 腰を落とし、再び受け止める構え。


 アマトに向かって一直線に突進してくるその姿はまるで流れ星。当たったら最後、人の体など跡形もなく消し飛ぶ死の流星。


 チトセ製の防具は片腕が破損している。残っているのはもう片方と両脚のみ。最悪、片腕が吹き飛ばされてもおかしくない。


 その覚悟を持って、全力と全力が正面衝突。衝撃に火花を散らし、血が咲き乱れ、腕が飛び、宵闇を一瞬の閃光が照らす。


 片腕を代償に、プテギノドンの体当たりを受け止め切った。ヨウの風によるクッションの手助けがなかったら、踏ん張り切れず吹き飛ばされていただろう。


 すぐさまリョクが蔓の網で拘束し身動きを封じると、


「チトセェェェェ!」


 天に吼える。


 全力で引き絞った両脚に込められた力を解放し天高く舞い上がったチトセは満月を背に、握り拳に願いを込める。


「散れよ砕けよ壊れよ万象! 我の拳に宿れよ鉄槌!」


 一つの言葉を口にするたび、一つの音を発するごとに、黄金の輝きが拳を覆う。


 それはまるで──拳の大きさに圧縮された月。あらゆるものを浄化する月光の裁きの姿。


「お主が〝流星〟ならば、我は〝月〟をくれてやろう!」


 落下してくる小さな月。拳に込められた莫大なエネルギーは容易く地形すらも変化させるだろう。


 月の落下をまともに受けて耐えられる生物など存在しない。


「──〝崩月(ほうげつ)〟!!」


 体を捻って拳を引き絞り、落下と合わせた最強の一撃。


 その前に動きがあった。蔓の縄から逃れようともがいていたプテギノドンが首を持ち上げ、天に向かって大きなクチバシを開いた。バキバギィ、と割れていく音を奏でながら全身が膨張していく。


「っ?! あいつなにを?!」


 チトセの攻撃の巻き添えを喰らわないように急いで避難していたから変化に気づいても邪魔をしにいく時間がない。


 次の瞬間、膨らんでいたプテギノドンが一気に収束。


「────!!!!!」


 プテギノドンが、鳴いた。


 周囲の音を吹き飛ばし、一瞬無音になるほどの咆哮。細長いクチバシにより一点に集音され、不可視不可避の光線のような音波となりてチトセを撃ち貫く。


 ──ごぽっ。


 耳と目から、血が噴き出す。人間の体ではとても耐えられず、ドラゴンの状態だったとしても、耐えられたかどうか。


「なんのっ、これしきぃぃぃぃ!!」


 吐血し、真っ赤に染まった歯を食いしばり、奪われた視覚と聴覚に頼らず、脳内に焼き付いた映像と感覚だけで拳を繰り出す。


 解放される莫大なエネルギーが光の本流となって周辺一帯を巻き込む。


 圧倒的な破壊が撒き散らされる中、アマトは見た。

 このままではマズいとすぐさま指示を出す。


「ヨウ! 植物を使ってチトセを運んで来い! リョクは風で俺を上まで運んで叩き落としてくれ! とどめを刺す(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)!」


 ヨウはともかく、リョクに出した指示に驚きを隠せない様子だったが、すぐにやりたいことを理解して頷く。


 プテギノドンは……倒せなかった。超音波攻撃により視覚聴覚、そして平衡感覚を乱されてしまったチトセは、渾身の一撃〝崩月〟を当てることができなかったのだ。


 だが超音波攻撃を繰り出すにはそれなりに代償が必要だったのか、プテギノドンもグッタリとした様子。


 そのはずなのだが。


「まだ動けるのか?!」


 連続で撃てるほど反動の小さい攻撃ではないはず。なのに今一度、超音波攻撃を繰り出そうと全身が徐々に膨張していっている。装甲のような体の表面がボロボロに崩れ落ちていくのも構わずに。


 その前に行動を起こすしかない。


 チトセは超音波攻撃の影響で立ち上がることもままならず、プテギノドンのそばで必死にもがいている。それをヨウが植物を巧みに操って安全地帯まで運ぶ。


「リョク! 頼む!」

「わかったー!」


 小さなお下げを激しく揺らしながら風が巻き起こり、跳躍に合わせてアマトの体を天高くまで持ち上げる。


 そして下から吹き上げていた風が一気に逆流。落下するアマトの背を押し、さらに加速していく。グングン周りの景色が流れていき、瞬きをする一瞬の間に地面が眼前にまで迫る。


 プテギノドンは大きなクチバシを開け、運ばれていくチトセを狙って今にも咆哮をあげようとしている。


「ま に あ えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 プテギノドンの巨体が一気に収束。


 クチバシから一点に集音された音の一閃がチトセを貫く。


 ──その刹那。


 威力の乗る遠心力の先、硬度の高い(かかと)が動けないプテギノドンの脳天を直撃する。


 人の攻撃の中で最も威力の高い脚技。グリズギルを倒したときとは訳が違う。高さも、硬さも、強さも、何もかも。


 ベキメキッ、と不快な音とともにプテギノドンの額が陥没し、踵がめり込む。吐き出そうとしていた咆哮がクチバシの中で乱反射し、暴発する。その衝撃に水晶の目玉が飛び出し、草原の覇者はビクビクと痙攣を繰り返し……命の幕を下ろした。


「っし! やっぱり、顔周辺はまだ(やわ)い! じゃなきゃ水晶の目玉なんか入れられないだろ!」


 衝撃に吹き出した返り血を浴びながらめり込んだ脚を引き抜くと、脚の防具が粉砕。腕は二度の衝撃に耐えてくれたが、こちらは一撃で壊れてしまった。

 地面に転がる真っ赤な水晶に歩み寄り、憎しみを込めた視線を向けて残った腕を突き出して、親指を地面に向ける。


「どこの誰だか知らねーが、覚悟しておけ! 高みの見物から引き摺り下ろしてやる!」


 このプテギノドンもグリズギルと同じだ。魔法のせいで無理やり戦わせられた。チトセの殺気を浴びた時点で逃げなかったのがいい証拠だ。


 彼の言葉を聞き届けて、水晶は色を失い無色透明となった。

 そして戦いが終わったことを悟り、緊張の糸が切れてバタリと仰向けに倒れる。


「────」


 もはや声を発する体力もない。失った腕からは血の代わりに大量の湯気が立ち上り、早速修復が始まっている。腕が生えてくれば万々歳、傷口が塞がってくれるだけでも御の字だろう。


 どうにか首を動かして安否を確認する。

 チトセも、双子も、とりあえず無事のようだ。


 まだまだ体力が回復しきっていなかったのか、お互いに無茶をしたものだと微笑みを浮かべると、彼の意識は深い闇の底へと沈んでいった。




   ***




 指の輪っかから透き通った美しい破片が虚空へ砕け散っていき、美しく夜空の星々となる。


「あーあ、まーた負けちゃったぁ♪」


 言葉とは裏腹に、楽しげな少女が闇夜に輝く満月を見上げて呟いた。赤い瞳に映り込む満月も妖しく赤い色に染まっている。


 艶めく唇をペロリと舐めとり、興奮冷めやらぬ様子で遥か彼方を見つめる。


「やっぱりあの子いいなぁ……欲しいなぁ……」


 あの子とは当然、赤髪の少年。プテギノドンの体当たりを受け止め切ったとき、歯を食いしばる表情が目の前にあって興奮した。

 二度目はもっとだ。腕を吹き飛ばされて苦痛に呻く顔は性癖に突き刺さって絶頂しそうになった。


 脳裏に浮かぶ愛しき少年を抱き寄せるように、豊満な己の胸を腕で抱く。


「でもそのためには周りの女が邪魔だなぁ……」


 うっとりとした表情から一転。親の仇を睨み付けるかのような視線へと変わる。


「今回のでわかった。周りを先に排除しないとあの子は手に入らない」


 彼女の脳内ではどうやって排除しようか猛スピードで思考が回転している。


 恐らく、そんじょそこらの動物を使役(テイム)したところで歯が立たない。今回のプテギノドンがいい証拠だ。そこそこ強くて結構お気に入りだったのに倒されてしまった。


「この辺じゃあれ以上は見つかんないかなぁ」


 テイムするのも一苦労だったのに、殺されてしまっては苦労が水の泡だ。


「ま、これくらいは序の口だけど。って負け惜しみ言ってみたり」


 負け惜しんでいる割にはやはりどこか楽しそうな少女──テンレン=レンリューは腰に手を当て、振り向く。


「えっと、方向的に次の目的地はセンカンダルかな? よーし、適当に手駒を増やしつつ先回りしちゃおっと♪ もしかしたらあの子を生で見れるかも! なんかテンション上がってきたぁ!」


 楽しそうに声を上げて、センカンダルへ歩みを進めるのであった。




      第3章【修行の成果】──完。

これにて第3章【修行の成果】は終了です。


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