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19「プテギノドンの脅威」

 草原の覇者プテギノドンは、狙いを弱っているアマトから、最も強く最も厄介そうなチトセへと変更する。彼女さえ殺してしまえば弱っている人間と子ども二人。いくらでも好きに料理できる。


 細長く鋭いクチバシで貫かんと突進してくるプテギノドン。たった一度の羽ばたきで最高速へ達する無駄のない動きは必中の一閃と化す。

 チトセは慌てず迎撃の構え。


 ──ガゴン!


 腹の底に響くほどの音を伴って、裏拳がクチバシを打ち払う。


「ち、硬いな」


 わずかに表情を歪ませてチトセがボヤく。


 プテギノドンは己のクチバシ一つで生涯を全うしなければならない。簡単に砕けてしまうほど柔ではない。


「骨に響いたのは久々だ、称賛に値する。が、我の(ここ)までは響かん!」


 親指を自らの胸元に突き立てる。アマトの拳の方が気持ちの良い一撃であると豪語する。


「ヨウ、リョク! パパを守ってやれ! 主らにしか頼めぬ。できるな?」

「「わかった!」」

「良き返事だ。やはり我が子は愛いやつよ!」


 頼もしく頷く双子に頬を緩める母の顔は一瞬。油断ならぬ相手だと、すぐさま表情を引き締める。


 自らもドラゴンの姿となり空を飛べれば話は早いが、ドラゴンとなってもあの速度に追いすがるのは困難だ。そもそも空を飛ばない期間が長すぎてその練度は比べるべくもない。

 ならば彼女が取れる選択は限られてくる。


「今度はこちらから行くぞ!」


 チトセは足の爪先を地面に突き立てると、バックリと(えぐ)れるように大地が(めく)れ上がった。そのまま脚の力だけで天へと蹴り飛ばす。


 まるで地面に向かって落ちているような錯覚を味わうプテギノドンだが、実際は地面の方から向かってきているという異常な光景。しかし思考ではなく本能で激突を避けるための回避行動を取り素早く羽ばたく。


「読み通りだ」


 回避した直後、眼前にチトセが腰だめに拳を構えていた。巨大な地面の砲弾は小柄な彼女の姿を隠すには充分であった。

 直撃を避け、少し狙いをずらすことで回避先をあえて残し、そこを叩く。プテギノドンはチトセの思惑に見事ハマった。


 一撃を放つ、その刹那。


「──ぐぅっ?!」


 それよりも早く、チトセの体が突風により吹き飛ばされていた。


 羽ばたいた後であれば連続で回避行動は取れないと判断したのだが、翼を引き戻す動作でも風を引き起こしチトセを弾き飛ばしたのだ。


 小柄な少女などそれだけでいともたやすく落ちてゆく。

 空中では成す術なく、着地して空を見上げるととっくにプテギノドンは体勢を立て直していた。


「やはり一筋縄ではいかんか」


 これ以上、旅路の邪魔をされては迷惑なのでできればこの一手で決めてしまいたかったが、そう簡単にやられるほど草原の覇者の名は伊達ではなかった。


 二度同じ手は食わないと、あっという間にチトセの行動を学習し、狙いを絞らせないようにこまめに動き回り始める。


「一丁前に知恵を働かせおるか、生意気な鳥よ」


 もう一度地面を飛ばして、それを目くらましに接近しようとしても、簡単に避けられてしまうだろう。その隙に後ろにいる三人を狙われては庇い切れない。


 プテギノドンは直接攻撃しかできない。近づけないのなら下手に攻撃に出るよりも、初手のように待ち構えて反撃に転ずるのが得策。


 狙い通り、しばらくこちらの様子を窺っていたプテギノドンが痺れを切らして力強い羽ばたきと共に風を切り裂き猛烈な速度で突進してきた。


「むっ?!」


 上からクチバシを叩きつけて地に縫い付けてやろうと振り下ろした拳が空を切る。

 最初と同じ攻撃ゆえにタイミングは完璧であった。

 直前でプテギノドンが進行方向を変えたのだ。


 それはチトセの攻撃を避けるため──だけ(﹅﹅)ではない。己の体で武器として使い続け、発達したのはクチバシだけではなかった。


 その翼で、チトセの胴体を真っ二つにせんと切り掛かってきたのだ。刃物のような切れ味はなくとも、それでも硬い板状のものが力任せに振り抜かれれば、人の体など強引に分断されよう。


 ──ガギャャャ!!


 硬いもの同士が激しく擦れ合う音が耳を(つんざ)く。


 ドラゴンの鱗を纏い硬化させた(ひじ)(ひざ)で翼を挟み込んだのだ。だが軸足だけでは受け止め切れず、大地に跡を引きながら遥か後方へ押し込まれていく。


「どこもかしこもガチガチか! そのくせ頭は柔らかいと見える!」


 物理的な意味ではなく、思考的な意味での柔らかさ。


 チトセの長い年月をかけて培ってきた知識によれば、プテギノドンはクチバシを巧みに操り狩猟する種であったことは確か。

 だが現に、こうして知識にない行動を取っている。彼女の知らない間に進化したとでも言うのか。


「だとしたら少し厄介だ──っな!」


 どうにか軸足だけで跳躍し、距離を取る。と、まるでその行動を待っていたかのようにプテギノドンがクルリと反転。目にも止まらぬ速さで羽ばたき、遠ざかっていく。


 逃げたか、と一瞬考えたが違う。


「あやつ!」


 苦言をこぼしつつ、自由になった全身を使い、力を高める。


(見た目は鳥でも、鳥頭ではないようだ!)


 プテギノドンに対する認識を改めて、高めた力を解放。大量の爆薬で発破したと誤認するほどの土砂と爆音を撒き散らし、弾丸のように一直線に跳躍する。


 ずっと空を飛び続けているからか、退化した小さな足を掴んで引き摺り下ろす。


「くっ?!」


 しかし追いつけず、その足を掴もうとする手は届かない。


 ならば、と勢いはそのままに拳を地面に打ち付け、進路上に妨害するように地面の壁が(そそ)り立つ。


 が、まるで背後も見えているのか完璧なタイミングで躱され、続けて二度三度壁を生み出すも、それも素早い動きで器用に躱され、動けないアマトたちのところへ接近を許してしまう。


「ヨウ! リョク!」


 今からではとても間に合わない。現在のアマトは戦力にならないため、双子に頼るしかなかった。


 名を呼ばれ、頷いた双子は両手をかざし、〝奇跡〟を起こす。

 ヨウは植物を。リョクは風を。


 目の前で巻き起こる光景に、


「どうなってやがんだっ……?!」


 アマトは戦慄する。


 絡み合い、広い範囲を乱舞する(つる)の鞭を躱し、払い、切り裂き、突破してくる。


 それを遮るように吹き荒れる風ですら見えているかのように動き、風の影響を受けない。それどころか巻き起こる風を利用して加速すらしているように思えた。


 ──だが、それで充分であった。


「よくぞやってくれた!」


 双子のほんの僅かな時間稼ぎ。それだけあれば、チトセが追い縋るは容易である。


 プテギノドンがあと一歩のところでアマトの元まで辿り着く、その直前に急旋回し離脱すると、地上を走る流星が大地を焼きながらプテギノドンの残像を掠めて通過する。


 それは超加速による純粋な体当たり。空気との摩擦により全身が燃え上がるも、本質がドラゴンであるチトセには関係ない。


 だが、当てることができなければこれもまた意味はない。


「ちっ、これも躱すか?!」


 これが動物の生存本能。命を脅かす危機察知能力。それはもはや未来予知の域にまで到達しようとしていた。


 肝が冷えたがどうにかピンチは退けた。戦いは再びの振り出しへと戻される。

 庇うように立ち塞がるチトセが背後に声をかける。


「無事か?!」

「あ、ああ……」


 次から次へと常軌を逸した攻防が繰り広げられて、呆然とアマトは頷く。


「二人もよくやってくれた。でかしたぞ」

「「うん!」」


 母親に褒められて心の底から嬉しそうに笑う双子。


 言いつけ通りアマトを守ることができたが、状況が良くなったわけではない。


 片眉を上げて困った表情を浮かべるチトセ。


「しかし少々困ったことになった。思った以上に手強い相手だ」


 あのチトセですら苦言を呈する相手。


 やはり遮蔽物の少ない草原で自由に空を飛び回り、俊敏な動きであらゆる攻撃を躱す勘の良さは厄介この上ない。


「なにかカラクリがあるとしか思えん。まるで全方位が見えているかのようだ」


 プテギノドンの目は顔の左右についている。それは鳥や草食動物に多く見られる特徴だ。視野を広げ、いち早く危険に気づけるように進化した姿である。


 だとしても、360°の視界を得ることはできない。自らの体が影となり真後ろから迫りくるチトセには反応できないはずだったのだ。にも関わらず避けてみせた。


 はっきり言ってこれは異常だ。あり得ないとすら言える。

 彼女の言う通り、なにか理由がなければ説明できないほどに。


 つまりは理由がある、ということ。見えない位置からの攻撃にすら反応できる理由が。


 心当たりならば、あるではないか。


「おい!」

「チトセと呼ばんか! なんだ」


 小さな背中に声をかける。僅かに振り向く彼女の顔には、期待の色がほんの少しばかり浮かぶ。


「選手交代だ。反撃といこうぜ」


 チトセと双子が回復する時間を充分に稼いでくれた。体調は万全だ。


「……いけるのか? どうするつもりだ?」

「試してみたいことがある。協力しろ」

「この状況を打開できるのならばやぶさかではないが……具体的には?」

「簡単な話さ。視野の広さに仕掛けがあるなら、それを暴いてぶっ潰すまで!」


 パシンと拳を手の平に打ち付ける。具体的な説明にはなっていないが、チトセは小さく笑い、


「……いいだろう」


 と覚悟を決める。


「夫の言葉を信じずして妻は務まらんからな!」

「二人にも手伝ってもらいたい。いいか?」

「「うん!!」」


 双子は頼もしく頷く。


 ──反撃、開始。

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