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17「月光の下で」

 明るく輝く月が天高く昇り、月明かりがうっすらと地平を照らす。


 馬鹿みたいに賑やかだったアマト一行は、静かに時を過ごしていた。お腹がいっぱいなったら疲れが出たのか、ヨウとリョクはそれぞれアマトとチトセの膝枕でスヤスヤと寝息を立てている。

 ドラゴンの姿で甘えられたときは死にかけたものだが、こうして人の姿であれば可愛げもある。細くて柔らかな髪質の頭を優しく撫でてみると、うっすら微笑んだ気がした。


「にしても、まさかあんだけあった肉が全部無くなるとは……ドラゴン恐るべし」


 アマトの傍らに(うずたか)く積み上げられた鳥の骨を見ながら苦笑する。


 人間からすれば到底食べきれる量ではなかったのだが、ドラゴンの胃袋とは無限大なのかもしれない。人間の姿なのだから胃袋も人間サイズになっているはずだが、そこも含めて謎に包まれた生物である。


「お主も相当な量を平らげていたがな」


 ドラゴン(ひと)のこと言えないだろうと、チトセもやれやれと呆れたように肩を(すく)めた。

 言われてみればそれもそうかと、返す言葉もない。


 何の気なしに腹の具合を確かめようと自分のお腹をさすり、あれだけ食べても満腹感のない胃袋に今さらながら違和感を覚えた。そこはチトセとの修行でぶち抜かれ、風穴を開けられた箇所でもあり、さする手もバキバキに折れたりもした。

 今は何事もなかったかのように正常な状態に回復している。


「……どんどん人間じゃなくなってる気がする」

「……後悔しているか?」


 チトセの問いに、彼は首を振った。


「いや……今となっちゃ感謝してる。ちょこっとだけな」


 もはや指がくっついているくらいの間隔で隙間を作る。


 ドラゴンの血がなければ、町の人たちを救うことはできなかった。バドラギ王国に復讐をすることだって、きっとこの力がなければ叶わない。

 ドラゴンを倒すほどの男を倒すためには、絶対に必要な力。

 もっともっと、強くならなければ。


 アマトは「そんなことよりも」と、らしくもない感謝の言葉を誤魔化して本題を切り出す。


「少し相談というか、気になることがある」

「お主からの感謝は『ちょこっと』でも貴重だ、大切に受け取るとしよう。して、気になることとはなんだ、申してみよ」


 どこか安心したように胸を撫で下ろしてから、彼の真剣な声音に重要な話だと悟り、双子が起きないように声を潜める。


「これ、なんだかわかるか?」


 アマトが懐から取り出したのは、小さく透き通った球状の物体。数が多く、チャリチャリと(こす)れる音が小さく響く。


「……なんだそれは? ガラス玉か?」


 手の平に転がるそれらを見て、チトセは眉根を潜めて小首を傾げる。しかし彼は首を横に振り、チトセの推測を否定する。


「俺にもそう見えるけど、重要なのはそこじゃない」

「ではなんだ?」

目玉(﹅﹅)なんだよ」

「……目玉、とな?」


 彼の言っていることが理解できず、さらに眉根が寄る。


「ああ、アレ(﹅﹅)のな」


 その視線の先には、山積みになった鳥の骨。大量に捕獲してほとんど食べてしまった成れの果て。

 アマトが鳥の下処理をしようとしたときに気づいたのだ。いくらドラゴンでも食べられるものではないと判断し、綺麗に取り除いたのがこの謎の球体。


「貸してみろ」


 差し伸ばす小さな手の平にそれを移してやると、指先で感触を確かめ、月の光に透かしたりして見極める。


 ひとしきり確かめ終えたチトセは「ふむ」と一息つき、それを返す。


「一つ言えることは、それはガラス玉ではなく水晶玉だ」


 チトセの鑑定により判明した水晶玉を真似するように月にかざして「水晶玉ねぇ……初めて見た」と小さく呟く。


「地母竜の我が言うのだ、間違いはない。傷が多いが透明度も高い。売れば旅の路銀の足しにはなろう。大切にしまっておくが良い」


 旅を続ける上でお金は大切だ。あって困るものではないため言われた通り次の街、センカンダルに持ち込んで換金するため大切にしまい込む。

 が、チトセの言葉を聞いても不安は拭えない。


「お前の目から見て、これは安全なものか?」


 アマトには一つ心当たりがあった。

 グリズギルのリーダー個体。


 最後の一撃を加えたとき、毛や脂肪の防御が薄い柔らかな目を貫こうとして、眼球を砕いた(﹅﹅﹅)。もしかしたら他の個体の眼球も水晶玉になっていたのかもしれない。

 そのことを伝えると、また考えるように鼻を鳴らしてから「大丈夫であろう」と答える。


「それは間違いなくただの水晶玉だ。危険な匂いもしないし、魔力の残滓も感じられなかった」

「まりょく……?」


 聞き馴染みのない単語が出てきてアマトは困惑する。そんな様子を見てチトセは簡単に説明してくれた。


「ごく稀に〝魔法〟という特別な力を扱う人間がおろう? それに必要な力の源のことだ」


 魔法なら八代目村長の紙芝居で耳にしたことがあったので、その説明でどうにか飲み込めた。


 魔法とは神羅万象に宿る〝魔力〟を操り、超常現象を引き起こす技法の一つ。火を生み、水を操り、風を起こし、大地を隆起させる。

 人間には微弱だが魔力を生成する器官が生まれながらに存在し、天文学的数字で膨大な魔力を生み出す人間が誕生する。


 ──それが勇者である。


「神羅万象に宿る魔力に干渉することであらゆる現象を引き起こすのが魔法だ。──例えば『動物を遠隔操作して水晶越しに光景を覗き見る』……とかな」


 水晶といえば遠視をしたり、過去や未来を視るという〝占い〟でよく用いられている。目の部分に埋め込まれていることからも、『視る』ということに関連性が見出せる。


「ってことは……!」


 鳥の目玉になっていた水晶から今のやりとりが誰かに筒抜けになっている可能性がある。

 慌てて懐にしまい込んだ水晶を取りだして破壊しようと試みるアマトであったが、その前にチトセの言葉によって遮られる。


「まぁ待て、魔力の残滓は感じられないと言ったであろう。今のそれは路銀になるただの石ころだ、危険はない」

「……そうか」


 双子が危うく起きるくらいの慌てようだったが、冷静さを取り戻す。双子は……いまだスヤスヤと可愛らしい寝息を立てている。

 ホッと一安心し、改めて疑問点を提示する。


「けど動物の目が水晶になってるってのは普通におかしいよな。世界にはそういう生き物が生息してるのか?」

「いるかいないかで言えば、いる。しかしこの鳥はただの鳥だ」


 チトセが今までにどれほどの時間を生き、世界のどこまでを見てきたのか。それはわからないが、少なくともアマトよりは物を知り、世界を見てきた。彼女の言葉には信憑性がある。


「ってことは誰かに手を加えられたってことだよな」


 動物の目をえぐり、水晶玉を埋め込む。こんなことをするなんてとても人間とは思えないが、人間にしかできないことでもあろう。


「監視か追手か知らぬが、誰かに後をつけられている可能性は考慮するべきかもしれぬな」

「すでに見せたらまずいものを散々見せてるんじゃ……」


 アマトはともかく、他の三人は人間ではなくドラゴンである。人間離れした修行の光景も見られていて、なにか対策を練られたら戦いになったときに厄介となろう。

 グリズギルの段階で誰かに見られているとしたら、騒ぎになるのも時間の問題か。


 そんな不安を他所に、チトセは余裕の態度を崩さない。


「なに、気にするようなことではない。どうせバドラギは我が動きだしていることを察していよう。有象無象はどうでもよい。邪魔をするならば排除するまでだ」

「単純なこって……」


 チトセの場合、邪魔をする連中は片っ端から(ほふ)っていけるほどの実力を持ち合わせているからタチが悪い。


 その点は、心配するだけ無駄か。安否を心配する義理などないが。

 チトセの人間臭さが、彼女のことを人間扱いせよと本能の部分で働きかけているのかもしれない。


「けど、あの違和感はそれかもしれないな」

「違和感とな?」


 アマトは「ああ」と頷き、グリズギルのリーダー個体と戦ったときに感じた違和感について話す。

 グリズギル自身の意思で戦っていないのではないか、ということを。


 チトセの言う通り、目玉にした水晶玉を介して操られていたという仮説が正しければ、違和感にも合点がいく。

 それを確かめる手段は持ち得ていないが、いつか必ず確かめる。そして仮説が正しいのだとしたら、その黒幕に一発ぶちかますと心に誓う。

 動物の命を軽々しく扱う輩に天誅を下すために。チトセも「そのときはそうしろ」と背を押してくれた。


「……話は終わりか?」

「ああ」


 不安を拭い切ることはできなかったが、そこまで気にすることでもないと、堂々とした態度には恐れ入る。彼女がいなかったらもっともっと神経をすり減らしていたことだろう。


「ならば寝るとしよう。修行で疲れたであろう? 明日は早い、体力の回復に努めよ」

「いや、見張りと火の番が必要だろ。俺がやる」

「んむ? それならば我がやるぞ?」

「お前だって疲れてるだろ」

「我はドラゴンぞ? そんなにヤワではないわ」

「ドラゴンでも疲れるもんは疲れるだろ。お前のおかげで多少なりとも楽ができてんだ、少しくらい役に立たせろ」


 ここまでアマトにはいいところがあまりない。鳥をちょっと下処理して焼いただけの料理を振る舞ったくらいで、その他は双子にすら劣っている。


「しかしな──」

「お前だって修行の相手で疲れてるのはお見通しだっつの」


 チトセからすれば、アマトとの組み手の他に双子とも手合わせをしている。二対一の、それも〝奇跡〟ありで組み手の枠を超えた本気の戦いだった。あのチトセですら肝を冷やす瞬間があったのだから、双子の実力は侮れない。


 グリズギルの襲撃から町を守ったときも、一人で町に入った個体の半数以上を仕留め、逃げ遅れた人々を救った。

 そのあとも大雨を降らして火災を鎮めるという大業まで成し遂げて、まともな休みもないままに移動と修行。

 普通に考えれば根の詰めすぎだ。


「俺はとっくに休ませてもらったから、今度はお前が休め。それが俺からの褒美(﹅﹅)だ」

「……覚えておったのか」


 大雨を降らす〝奇跡〟のときに交わした約束。具体的な要望はなかったからこれでもいいはずだ。


「約束を違えるほど落ちぶれちゃいないつもりだ。相手がドラゴンだろうがそれは変わんねー」


 それは彼の信条に反する。信頼こそもっとも作り上げるのが困難であり、生きていく上でとても重要なものであるとわかっているから。


 それを聞いたチトセは喉の奥で堪えるように小さく笑う。


「クックック、そうかそれは良い心がけだ。ではお言葉に甘えるとしようか」


 そう言うと、彼女は体を倒してアマトの膝の上にぽふんと頭を乗っけた。


「……おい、なにしてる」

「膝枕だが? 『休める』だけでは褒美として釣り合わん。これくらい甘えても良かろう?」


 アマトの膝にはヨウとチトセの頭が左右から乗っかり、チトセの膝にリョクの頭が乗っているという珍妙な光景ができあがった。


「チッ……今回だけだからな」


 約束した褒美を盾にされては拒否することもできず、仕方なくされるがままのアマト。


 本物の少女のように嬉しそうに頬を緩めるチトセの可愛げな表情は、アマトからはよく見えなかった。

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