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16「アマトの仕事」

 修行とは名ばかりの一方的な『気晴らし』が終わり、アマト、ヨウ、リョクの三人は見事にコテンパンにやられてしまった。

 ドラゴンの特性により傷の回復は早いが、そのせいか空腹感はあっという間に襲ってくる。

 なのでチトセの「飯にするか」という一言はグッタリとしている三人の魂に火を宿すには充分だった。


「待ってました! 最近食っても食っても腹が膨れないから飯が楽しみでしょうがないんだ!」

「「わたしもー!」」


 地面の上から土手っ腹に強烈な一撃をもらったヨウとリョクも一気に元気を取り戻し、苦しそうな表情から一転、キラキラとした笑顔を振りまいた。


「空腹はドラゴンの血の影響であろう。怪力や超回復はそれなりに体力を消耗するしな」

「どおりで」


 先の町で町長がお礼に食事を振る舞ってくれたが、満腹感が全然訪れなかったのは失ったエネルギーを片っ端から補給していたからのようだ。

 そしてそれは今もそう。チトセとの修行により三人ともボロボロで、足りないエネルギーを体が求めている。


「でもどうする? そうなると明らかに足りないよな」

「まぁ、手持ちの食い物で四人の腹を満たすのは無理であろうよ」


 アマトの不安にチトセもそれには同意だと顎を引く。


 ここには大食らい四人が集まっている。町長のご好意でいくつかの保存食と料理の残りを包んでもらったが、その程度で満足できるような胃袋は持ち合わせていなかった。今なら山と積まれた肉も綺麗に完食できる自信があるほどだ。


「だが安心せい、我に一つ妙案がある。上手くいけばたらふく食えるはずだ」


 声を潜めてそう言うチトセの表情は悪戯を思いついた子どものようであった。


「またドラゴンの不思議な力か?」

「うむ。それを〝奇跡〟という。覚えておけ」


 奇跡ねぇ、とこれまた大層な名前にため息をつくアマト。そんな簡単に奇跡を起こされてたまるかと思う反面、大雨を降らせたり様々な果実が実る木を生やしたり、奇跡としか言いようのない現象を次々と目の当たりにしては、認めざるを得なかった。


 チトセは期待のこもった青い瞳で、ヨウとリョクの赤茶けた髪の上に手を置く。


「そのためには子らの協力が必要だ。手を貸してくれるか?」

「「うん!」」


 元気よく双子は頷く。ボロボロにされたばかりなのに健気なものだった。


「俺はなにかやることあるか?」


 子どもにやることがあるのに自分だけ仕事がないのは格好がつかないと進言してみたアマトだったが、


「アマトは指を(くわ)えて見ておれ」

「わざわざ指を咥える必要ある?!」


 辛辣(しんらつ)な即答が返ってきた。

 たかが人間にできることはないようだった。




   ***




 すっかりと辺りは夜の帳に包まれて、真っ暗な夜空には点々と星が(またた)く。見渡す限りの草原に柔らかい風が吹き抜け、心地よさをどこまでも運んでいく。

 そんな草原のど真ん中で、煌々と輝く焚き火の暖かい光が揺らめいていた。その焚き火を囲むようにして四人分の人影が伸びている。

 焚き火のそばには細い枝に突き刺さった肉の数々が立てかけられ、ジュクジュクと表面を焦がしていた。


「ま、まだかアマト。我はもう辛抱たまらん!」


 今か今かとだらしなく(よだれ)を垂らしながらチトセが前屈みに詰め寄る。今にもかぶりつきそうな勢いだ、そのまま放っておいたら前髪を焚き火で焦がしていただろう。


「まあ待て待て、そう慌てなさんなって。表面がいい具合に焼けたら火から少し遠ざけて、じっくりと熱を通していく」


 地面に突き刺した枝を少し遠ざけ、遠赤外線の力を借りて肉汁(したた)るジューシーな肉を目指して炙っていく。


「いい匂いだ……やっぱ肉はこうじゃなきゃな」


 ウンウンと満足げなアマト。村ではよくこうして調理をしていたから慣れたものだ。


「しかしまさか本当に大量に肉が手に入るとは……ドラゴン恐るべし」

「ふふん、そうであろうそうであろう! もっと褒めても良いのだぞ?」


 薄いを反らして鼻を鳴らすチトセ。


 ほとんど手ぶらに近かった彼らの手元には大量の鶏肉が調理されている最中で、まだ血抜き中の新鮮な鳥が下処理の順番を待っていた。

 焚き火ができるような薪が転がっている草原ではなく、鳥が羽を休められる木が生えているわけでもない。

 にも関わらず彼らが焚き火を囲んで鳥を調理している。


 その理由は簡単だった。


 昼夜問わず長距離を移動中の鳥の群れを自慢の視力で捉えると、リョクの風を起こす〝奇跡〟で地面に叩きつけ、一気に大量捕獲。薪はヨウの植物を操る〝奇跡〟でいくらでも生み出せるし、面倒な火起こしもチトセの口からペッと吐き出される火種によって呆気なく着火。

 こうして四人は暖と食料にありつけているわけだが、これにはもう少し続きがある。


 ドラゴンである三人は仕留めた鳥をその場でそのまま食い始めようとしたのだ。

 それを慌てて止めたのが、仕事がなくただ見ているしかなかったアマト。

 今回はたまたま鳥が飛んでいたから捕獲できただけであって、そうじゃない場合はヨウの〝奇跡〟の力を借りた野菜生活になってしまう。

 当然ドラゴンは肉のほうが好きだし、アマトもどちらかと言えば肉が食いたい。今後も肉が手に入る保証はないのだから、保存食として干し肉を作ったり燻して長持ちするようにした方がいいと力説。


 だったらこの際、生ではなく火を通して美味しく頂こうと提案したわけだ。町長との食事で調理した肉の味を知っているので、三人が折れるのに時間はかからなかった。


 肉の焼き加減を見て、アマトは満足気に頷く。


「うし、いい具合だな」

「良いのか?!」

「落ち着けって、まだ最後の仕上げが残ってる」

「早く仕上げてくれ! 腹と背中がくっつきそうだ!」

「わかったわかった、最後は町長がくれた塩胡椒で味を付ければ──完成だ!」

「がぶり」

「おい?! いくらなんでも早すぎるだろ!」


 もはや我慢も限界だったらしく、完成の宣言とともにチトセは肉にかぶり付いた。

 口の周りについた油をペロリと舌で舐めとり、うっとりと恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる。


「美味い! 外はパリパリ、ひと噛みするだけで肉汁が滝のように溢れでおる! 中はほろほろと(ほぐ)れ、まるで飲めてしまうではないか!」

「飲むなよ?」

「ものの例えだ、安心せい」


 とか言いつつ既に口の中にあったはずの肉は消えていた。もう飲み込んでしまったらしい。

 美味しいと言ってくれるのは素直に嬉しいが、しっかりと噛んで味わって欲しいという気持ちもあって。


「いいかお前ら、食べ物はよく噛んで味わって食べるんだぞ」

「「わかったー!」」


 チトセの行儀の悪さを反面教師に、双子には健やかに育ってもらわねばと言い聞かせる。

 本人は認めないだろうが、父性の顔が垣間(かいま)見えた瞬間であった。

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