15「双子の実力」
(血を流す? なんで? なぜに? それにどんな意味が???)
理解の追いつかないアマトが一時機能停止している間に、
「「ママー、わたしたちはー?」」
ヨウとリョクの双子も修行の内容が早く知りたいのか、二人して服を左右から引っ張って急かす。
チトセは頭を撫でて落ち着かせてから、腰を落として視線の高さを合わせる。
「子らも組み手だ。まずは我とアマトの動きをよく見て学べ。把握したら実際にやってもらうからの。それから〝奇跡〟の扱い方もしかと学んでもらわねばな」
次の街、センカンダルまでの道中でやるべきことは多い。特に双子は一からのスタートになる。色々と大変であろうが何かを始めるなら早い方がいいだろう。
馬はいらないと突っ張ったチトセの思惑はここにある。馬の世話などしていられないし、本気を出せば馬よりも早く移動できる連中しかいない。邪魔でしかないし、最悪歩く食料と成り果ててしまうのだ。
「我は我で満足に空を飛べるように勘を取り戻したいのだが……そんな暇はないかもしれんな」
そして極め付けはこれ。チトセがドラゴンの姿へと戻り、背に乗って空を飛べばいい。今はまだ難しいようだが、かつては飛べたというのだから再び飛べるようになるまでそう時間はかかるまい。飛べるようになったとしても、ドラゴンが飛んでいると人々にバレては面倒なので人目を忍ぶ必要はあろうが。
馬、涙目である。
各々課題は山積みだ。
「ほれアマト、ぼけっとするでない。せめて歩きながらぼけっとせい」
「お、おう……」
棒立ちになっているアマトの手を取り、強引に北西へ向かい歩き出す。
「日のあるうちは移動だ。暮れたら修行。よいな?」
「「うん!」」
双子は元気よく返事をし、ピッタリとくっつくように歩き始めた。
***
日も暮れて、快晴であった青き空が真っ赤に燃え上がり、冷えた鉄のように落ち着いた頃、こちらは逆に真っ赤に染め上がっていた。
アマトが血塗れになってボロ雑巾のように地面に投げ捨てられていたのだ。
まだ捨てられた仔犬の方が扱いは幾分かマシであっただろう。
「アマトよ、生きておるか?」
「……………………じんだ」
「生きておるな。やはり前もって上着は脱いでもらって正解であった」
虫の息以下に成り果てているアマトを見下ろして適当に生死を確認するチトセ。
つい先ほどまで沈む夕陽を背後に、アマトとチトセは修行の組み手をしていたのだが、「ふむ、ひとまずこんなものか」と小さく呟くと、次の一撃で土手っ腹を掌底が打ち抜き風穴が開いて、余剰分の衝撃が身体中を駆け巡り全身から血飛沫が舞い上がった。
そして現在に至る、というわけである。
組み手のついで感覚でチトセが言っていた『とにかく血を流してもらう』をいきなり実行されるとは思っておらず、完全に油断していた。
彼女がどうしてアマトに大量の血を流させたかったのか──その理由の説明は受けた。
今のままではアマトの体に流れるドラゴンの血の割合が少ないため、弱い。ならば人間の血を減らし、ドラゴンの血を増やせばいい。
──ドラゴンの血は人間の血と違い『増える』特性がある。
なので人間の血を流すのが手っ取り早く、そうすることによってドラゴンの血の割合が増える、という話であった。
「まぁ、筋は良い。このまま続けていればそこそこ戦えるようになるであろうよ」
結局アマトはチトセに一撃を見舞うことができないどころか、その服に汚れ一つ付けることも叶わなかった。
それなりに自信のあったアマトの心と体をコテンパンに打ちのめし、涼しい顔をしているのだから早々に挫けそうだった。
そんな彼の弱さを支えたのは、双子の存在。
「パパ、かっこよかったよ!」
「はい、おみずー!」
「……ありがとう」
全身から音を立てて蒸気が吹き上がり、みるみる全身の傷が修復されていく。そんな異常な光景を当たり前のように気にせず、アマトへ水筒を手渡した。
パパと言って慕ってくれる無邪気な笑顔は、見る者の気持ちを穏やかにしてくれて、悪い気分ではなかった。
ただ、彼は本当の父親ではない。その事実が心苦しくもあった。いつか打ち明けねばならないときがやって来るであろう。
せめてそのときまでは、この笑顔を守ってやりたいと、アマトはそう思うようになっていた。
「アマトはそのまま休んでおれ。その間にヨウ、リョク、二人の修行を見てやろう」
「「わーい!」」
無邪気にはしゃぐその姿は年相応の子どものようだ。事実、今は人間の視点から見て年相応だが、時が経つにつれてどんどんこの認識はズレていくことであろう。
「どうだ、組み手はいけそうか? 先に〝奇跡〟のお勉強の方が良いかのう……?」
「「組み手!」」
「お、やる気があるのは良いことだ。では組み手にするか!」
双子がやる気を漲らせてくれて嬉しさに笑顔を浮かべるチトセ。だがそんな母の表情も一瞬で、次の瞬間には親ではなく師としての顔を見せる。
「ではどちらからでも良いぞ、いつでもかかってくるが良い」
アマトが相手のときは余裕綽々で棒立ちでだったチトセが構えた。それだけ双子の実力を高く見ているという証拠。
あえてどちらかを指名しないことで、双子の自主性を密かに見極めようとしたのだが、チトセの思惑は空振りに終わる。
「「おりゃー!!」」
疑いの余地なく完全なる同時。鏡対象に左右から挟み込む容赦のない蹴りが放たれる。
だが、チトセは片手でそれぞれの足首を掴むように難なく受け止めた。
「どちらも来るか! 『試合』ならば叱るところだが『勝負』は常に非情なり! 良いだろう、二人まとめて相手をしてやろう──ぞ!」
足首を掴んだまま己を軸に二回三回と回転し、軽々と投げ飛ばす。
「むっ?!」
チトセが驚愕の声を上げる。
投げられた双子は空中で完璧に姿勢を制御し、お互いの手を取り合って投げ返してきたのだ。
チトセに向かって真っ直ぐに飛んでくるのはヨウ。投げたのはリョクのようだ。
そのままの勢いに乗せて飛んでくる肘鉄を叩き落とし、ヨウの脳天をかち割るように手刀が振り下ろされる。
横に転がるように回避すると、手刀で地面が割れた。
「チッ」
仕留め損ねたと、母親らしからぬ舌打ちが静かに響く。我が子相手に容赦のない攻撃。それでも双子は怯まない。
盛大に投げ飛ばされたままであったリョクが、いつの間にか組み手に復帰していた。こんなに早く戻ってくるとは思っていなかったチトセは危うく拳をもらいかけたが寸前で躱す。
目にも止まらぬ攻防の展開に、さすがのチトセもわずかばかり焦りの色が窺えた。
「ふぃ〜、危ない危ない」
大きく飛び退って軽く息を吐き、仕切り直しになる。
「空中で風の〝奇跡〟を使って戻ってきおったか。〝奇跡〟の使用は禁じておらぬからその調子で来い!」
双子は言葉を交わさず頷き合うと、ヨウが前屈みに軽く跳躍。タイミングを合わせるようにリョクが風の〝奇跡〟を乗せた全力の回し蹴りを放つ。
ヨウとリョクの足裏がピタリと噛み合い、鉄砲玉のようにヨウが射出された。さらにヨウは植物を操る〝奇跡〟を使い、手の平から串刺しにせんと蔦の槍を素早く伸ばす。
追い風を受けた加速と、爆速で成長する蔦の刺突。
音速に迫らんとする速度を叩き出した必殺の一撃に、チトセは腰を落として手の平を差し向けた。
「ハアッ!」
一喝。
蔦の槍がチトセの手の平に突き刺さらなかった。
蔦の中央から放射状に裂け、チトセを避けるように拡がっていく。
そのまま急接近してくるヨウの首根っこを下から突き上げるように掴み上げ、激しく地面に叩きつけた。
「カッハ?!」
肺の空気が強制的に出されて、もがき苦しむヨウ。
「安心せい、ちゃんと手加減はした……つもりだ」
人間の身体に慣れていなくて加減が難しいとグリズギルの戦いの最中にボヤいていたが、どう見ても加減はできていなかった。地面に叩きつけられたヨウが本気で死んでしまうのではないかと、見ていることしかできないアマトは不安で仕方がなかった。
「やあぁ!」
その隙に急接近を果たしていたリョクが風の〝奇跡〟を拳に乗せて、烈火の如く怒濤の連続攻撃を叩き込んでいく。
一点突破のヨウの突きが防がれてしまったのならば、面による手数で攻める。この柔軟な対応力は子どもならではであろう。
だが、長年生きてきた大人の経験はそれを軽く凌駕する。
「この程度、そよ風にも満たぬぞ?」
全てを見切り片手で受け止め、間隙を縫って適確に反撃を差し込んでいく。
チトセの反撃は速度を重視しているため一撃一撃は大きなダメージではないものの、徐々に蓄積されていく。
動きが鈍った瞬間を見逃さず、足払いをかけて地面に倒したリョクの土手っ腹目掛けて拳を打ち下ろす。
普通ならこれで勝負も決まるので寸止めをするのだろうが、チトセはそのまま構わずに打ち込んだ。
衝撃に舞い上がる砂埃の中、双子は立ち上がれずぐったりとしていた。
──勝負あり、だ。
ドラゴンの教育とは、人間と違って随分と過激なものらしい。アマトは激しすぎる攻防に開いた口が塞がらない。
「そこまですんのかよ……」
「ここまでしてこそ、ドラゴンの強さは際立つのだ」
立ち込める土煙を腕の一振りで払いながら、薄い胸を反らす。
「我も修行と称してコテンパンにやられたものだ。故にこの強さがあるのだから、師には感謝している」
ドラゴンにも師弟関係があるのは初耳──どころか世界初の情報だったりするのだが……相変わらずアマトに貴重な話を聞いたという自覚はなかった。それくらい世界的にドラゴンのことはわかっていないことが多く、同時にアマトが外の世界を知らなすぎた。
「さて、そろそろ飯にでもするか!」
ひと暴れしてスッキリしたのか、そう言うチトセの笑顔は晴れやかなものだった。




