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14「修行の中身」

「『死んでもらう』って、お前っ……!」


 ついにドラゴンとしての獰猛な本性を表したかと飛び退って距離を取り、身構えるアマト。


 だがチトセは余裕の態度を崩さなかった。お前などどこにいようといつでも殺せる。まるでそう言っているかのような態度。

 だがそれはアマトの早とちりであった。


「おっとすまぬ、言葉が足りんかったな。『死ぬ思いをしてもらう』が正しいか?」


 顎に指を添えてとぼけたように言い直す。


「……どっちでもあんま変わんないだろ」

「まぁそうかもしれん。どちらにしろ尋常でない苦痛を味わうことに変わりはない」


 顎に添えた指をアマトへ向け、青い瞳に真剣な光を宿す。


「だから先に覚悟を問わせてもらう。お主に強くなる意思はあるか」

「……当然だ」


 本性がドラゴンとはいえ、こんな少女に『バドラギには一生勝てない』と言われてしまっては、男として引き下がるわけにはいかない。

 それに、チトセに言われずとも実力不足であることは重々承知している。相手はドラゴンを殺すほどの実力の持ち主で、そんな人物が率いる国自体。対するアマトはグリズギルに苦戦する程度の実力。戦ったら秒殺どころか瞬殺されるのが目に見えていた。


 頷くアマトに、チトセはさらに語気を強くする。


「本当に死ぬ可能性があってもか」

「くどい。もう何度も死んでるようなもんなんだ、今さらだぜ」

「……そうであったな」


 偶然が重なってしまったとはいえ、チトセと出会いアマトは一度双子の(たわむ)れによって殺されかけた。怪我の治療にドラゴンの血を使い、ほとんどの人間が死ぬという血の選別を掻い潜り、10年もの間眠りについていた。

 それにグリズギルの攻撃をその身に受け、無事でいられる人間などそうはいない。

 普通の人間であったなら、この時点ですでに何度命を落としているか。


 アマトの覚悟の程は伝わった。


「ひとまず手の平(ここ)に本気の拳を打ち込んでみよ」


 チトセは言いながら手の平を正面に向けて右手を差し出す。それは拳を受け止める構え。


「……大丈夫なのかよ」


 (はた)から見れば小柄な少女に殴りかかる長身の少年だ。見た目だけならば明らかにアマトに分がある。それにドラゴンの血によって彼の身体能力は強化されている状態だ。


 だがチトセは鼻で小さく笑い飛ばす。


「心配はいらん。我はドラゴンぞ?」


 クイクイ、と指を動かしてアマトを煽る。


「後悔するなよ」


 このドラゴンのせいで人生がガラリと変わり果ててしまった鬱憤が溜まりに溜まっている。もしかしたら手加減できないかもしれない。


「こちらのセリフだ。本気で来い」

「──っ!」


 言い終わるのを待たず、アマトは砲弾のように飛び出す。初速で蹴り上げた大地が彼の背後に巨大な土砂を巻き上げた。


 硬く握り締めた拳は狙い違わずチトセの手の平へ吸い込まれるように衝突する。

 激しい衝撃はチトセを突き抜け、彼女の土色の髪を激しく(なび)かせた。


 ……それだけだった。


 チトセは涼しい顔をしたままその場から一歩も動いておらず、それどころかアマトは、


「──あああがァァ……?!?!」


 拳を襲う激痛に叫び声を上げ、右手を押さえながら(うずくま)ってしまう。


 彼の右手はバキバキに砕け、全ての関節が正しい方向に曲がっていなかった。

 ただの手に受け止められるだけなら、こんなダメージを負うはずがない。


「おまっ……なにをっ……?!」

「ふむ、思い切りの良さは評価しよう。しかしお主、寸止めしようとしたな? 片腕吹き飛ばす予定が、中途半端になってしまったではないか」


 確かに寸止めをするつもりでいた。だがその寸前にチトセ側が手の平を突き出してきたのだ。


 痛みに耐えながら視線を持ち上げてみれば、チトセの手の平は土色の鱗状に硬質化しており、しかもよりにもよって鱗の一枚一枚が逆立つように尖っている。

 言わば剣山に拳を突き立てたようなものだ。


「これのッ、どこが修行だってんだ……?!」


 ドラゴンの血により治癒力が爆発的に高まっているアマトの右手は、ジュュュュュ……と音と湯気を立てながらみるみる回復していく。怪我が治ると言っても当然痛いものは痛い。すぐに塞がると言ってもそれなりに出血もある。

 馬で四日もかかる道中を徒歩で、しかも初日にこんな怪我を連発するようでは身が持たない。


 どうにか手の負傷もある程度治り、右手を振って調子を確かめつつ説明を求める視線を送る。


 そんな視線を受け止めて、チトセは言い切った。


「防御は攻撃になりうる、ということだ」


 彼女の言葉に、アマトは首を傾げた。


「防御は防御、攻撃は攻撃だろ?」

「だから弱いのだお主は」


 やれやれとあからさまなため息をこぼしつつ今一度手の平を構えた。


「攻撃力を防御力に転換することは難しい。だが防御力を攻撃力に転換することは容易(たやす)い」

「……どういう意味だ?」


 チトセの考え方に納得がいかず、ムッとした表情で首を傾げる。


「どちらの手でも良い。もう一度殴ってみせよ」

「っ…………」

躊躇(ちゅうちょ)したな? そういうことだ」

「……いや、だからどういうことだ?」


 言葉が足りないチトセにイライラを感じつつ、説明を求める。彼だって強くなりたいのだ、回りくどい説明は求めていない。


「殴ったらまた痛い思いをするとわかっているから躊躇(ためら)った。では逆に殴っても痛くない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)とわかっていれば、どうだ?」


 言われて先ほどの一撃を思い返す。

 もともと寸止めするつもりだったし、インパクトの寸前までは普通の手の平だった。だから思い切りいけた。それは〝痛い思いをする〟という意識がなかったから。


 ──初めから痛くないとわかっていれば、


「……思い切り殴れる」


 納得した様子のアマトの呟きに「であろう?」とチトセも満足げに頷いた。


「だから剣や槍など武器を使った攻撃は強い。自分は痛くないからだ。見たところアマトは我と同じで武器は使わない戦闘方法のようだが、武器は使わないのか?」

「ああ。武器は使わない」


 破壊され、すでに修復された拳を握り締めてチトセの問いに答える。


 彼が扱ったことのある刃物はせいぜい包丁や狩ってきた動物を解体するためのナイフ。鈍器も村の柵を打ち込んだりするためのハンマーを振ったくらい。

 下手に武器を使うくらいなら、素手で戦ったほうがよっぽど強いというわけだ。


「うむ、ならば都合も良いな。武器は旅の荷物になるし手入れも必要になる」


 武器が必要な戦い方であったなら武器の破損など、もしものときに戦えなくなってしまう。アマトもチトセも、ついでにヨウとリョクも、武器という力には頼らない戦い方で旅を続けていくことになった。


「それはわかったけど、結局修行ってなにやんだよ?」


 腰に手を当てて、要領を得ないチトセの話に飽きてくる。

 今のままでは、ただただ痛い思いをしただけに過ぎない。いい加減本題へと入って欲しい。


「おっと確かに、話が()れてしまったな。お主にやってもらいたい修行は二つ」


 指折り数え、アマトの修行内容を開示する。


「我と組み手をして戦いに慣れてもらう」

「組み手か……確かに村の連中とじゃできなかったしな、それは普通に助かる」


 村の人たちは家畜の世話で忙しかったし、彼自身も日課で常日頃から(せわ)しなかった。今までは自己流の徒手空拳でしかなかったが、これからはチトセに稽古をつけてもらうということだろう。


「んで、もう一つは?」




「もう一つは、とにかく(﹅﹅﹅﹅)血を流してもらう(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)




「…………………………は?」


 全く心の準備ができていなかったアマトは、アホのように大口を開いたまま固まってしまう。

 チトセの口から飛び出た言葉は、とても信じがたいものであった。

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