13「戦いの後は」
グリズギルの襲撃により危うく町が無くなりかけた、翌日。
「あぁー、えぇー……」
髭を生やした小太りの中年男性は困った笑みを浮かべていた。目の前で繰り広げられている激しい争奪戦に、かける言葉もない。
その立地と石造りゆえ戦火から逃れることができた大きな家の一室。中央を陣取るように細長い机が置かれ、隙間なく並べられた料理たち。
乱雑に切られた刺々しい赤い髪に長身の少年──アマトはその長い腕で食卓に並べられた料理に次々と手を出しては大きく口を開けて放り込んでいく。
引き締まった長い手足に長身は机の隅々にまで手が届くようで、満遍なく料理(主に肉)が胃の中に消えていく。
故郷を滅ぼされ、打倒バドラギ王国を胸に掲げる彼は普通の人間ではない。とある出会いを果たし、純粋な人間ではなくなってしまった。
と、フォークで突き刺そうとした肉が逃げるように横へ。
「おいお前! 勝手に俺の肉食ってんじゃねぇ!」
「チ・ト・セと呼ばんか! これは早い者勝ちであろう、食われたくなくば『アマト』と名でも刻んでおくのだな!」
横から肉を掻っ攫った張本人、青い瞳と土色の長髪に褐色肌の快活そうな少女──チトセは鼻で笑い飛ばしながら美味しそうに肉を頬張る。
小柄な体格をしているが全くひ弱さは感じさせず、漂う存在感の大きさが、そのまま頼もしさへと昇華している。
アマトが出会ったとある人物とは、彼女のことだ。
しかし、見た目は普通の人間でもその正体は人間にあらず。謎に満ちた不思議な力で人の形を成しているだけで、実際は見上げるほど巨大なドラゴンである。
並べられた料理の激しい争奪戦が繰り広げられているが、睨み合いによる火花が散っているのはほんの一区画だけ。
サラダなど野菜類もしっかり食卓に並べられているにも関わらずみるみる減っていくのは肉ばかり。
僅かながら野菜類も減っているのだが、その理由は、
「ねぇねぇ、これもたべていいのー?」
「ねぇねぇ、こっちもたべていいのー?」
瓜二つの双子が野菜を指さしながら、無垢な緑色の瞳を小太りな中年男性に向ける。
赤茶けた髪に大きな緑色の双眸は宝石のような光を宿していて、健康的な小麦色の肌をした非常に可愛らしい女の子だ。
木葉がデザインされた髪飾りで前髪を分けているのがヨウ、同じく木葉がデザインされた紐でお下げに結っているのがリョクだ。
「あ、ああ。好きなだけ食べていいんだよ」
「「わーい!!」」
ニッコリと微笑みながら頷くと、双子は元気にはしゃぎながらムシャムシャとサラダを頬張っていく。
顎の下で指を組み、中年男性は賑やかしくも騒々しい食卓を眺めて思う。
(不思議な人たちだ……)
見るからにただの少年少女と双子の子ども。しかし衛兵や町民に話を聞けばこの四人が大活躍して町はグリズギルという巨大な熊からの脅威を退けたとか。
いや、退けたなんて生易しいものではなく〝全滅させた〟と。にわかには信じ難い話だが、皆が口を揃えてそう言うのだからそうなのだろう。おまけにこのチトセとかいう小柄な少女に関しては雨乞いまでしてみせたとか。信じられないことばかりだが、事実、そうなったのだから信じざるを得ない。
と、中年男性──町長は思う。
その立場ゆえ真っ先に安全な場所へ逃されたため、直接目にすることは叶わなかった。
せめてものお礼にと暖かな湯と新しい衣服を用意し、僅かばかり残った食材をかき集めて料理を振る舞っている。
美味しそうに食べてくれるので振る舞い甲斐があるのはいいが、気品と遠慮がないのはこれいかに。
「なあおっさん。肉のお代わりあるか?」
アマトが空になった皿を指差して無遠慮に聞く。町長は無下にもできず、苦笑いを浮かべながら答えた。
「すみません、先の襲撃で食料のほとんどが燃えてしまって……お出しできるのはこれが限界なのです。救ってもらったのに大したお礼もできませんで……」
「いや、それならいいんだ。こっちこそ腹減ってたから助かった。風呂と服まで用意してくれるなんて」
「せめてそれくらいはさせていただかないと割に合いませんから。あんな不思議なものまでありますし、当分は大丈夫でしょう。お気になさらないでください」
町長の言う『あんな不思議なもの』とは。
チトセの祈りにより大雨が降り注ぎ火災が鎮火したあと、町の南側に大きな木があちらこちらに生えていたのだ。今までこんな木は生えていなかったと目を凝らして見てみれば、たわわな果実が実りに実っているではないか。
それも、林檎、蜜柑、葡萄、梨にバナナなどなど。果てにはどういうわけかパイナップルまでもが一つの木に実っているのだ。それが何本も一晩のうちに成長してしまったのだから『不思議』の一言で片付けて匙を投げてしまうほかなかった。
この不思議に満ちた木は双子の片割れ、ヨウの植物を操る〝奇跡〟による影響である。
まだ本人も使いこなせていないらしく、恐らく無意識だろうとチトセは言っていた。
これのお陰でしばらくは食料に困ることはない、ということだ。だからこそこうしてアマトたちに料理を振る舞うことができている。
復興作業も順調だ。燃えた家の撤去、建て直し、グリズギルの死骸の片付け、どれもこれも優秀な指揮官がついているので滞りはない。
町が半焼してしまったのは痛手だが、不思議な木を利用してどうにか盛り返せないか、その前に二度とこのような惨状が繰り返されないように警備を強化しなくては、など町長の頭の片隅では今もぐるりぐるりと打算が巡る。
「それで、例のお話の件ですが──」
町長は言いにくそうにしながらも、アマトに頼まれていた情報を持ってきてくれた。
アマトはいったん手を止め、町長の言葉に耳を傾ける。口の中に大量に入った肉の咀嚼は続けながら。
「警備の者や町民に聞き込みをしてみましたが、過去に南方からの目撃情報はないそうです」
「ほーは……」
町長の報告に肩を落とすアマトだが、なんとなくそんな予感はしていた。
滅ぼされたアマトの故郷の村に暮らしていた村民や家畜は、まるっとその姿を消していた。だからアマトは町長にとある聞き込みを依頼していた。
──過去十年の間に村人や家畜が南から大勢で移動していなかったか。
結果は町長の言葉通り、空振りに終わってしまった。
どうやらこの町は情報収集目的としてはハズレだったようだ。しかし偶然とはいえグリズギルから人々を守ることができたので結果オーライというやつで、そこまで落胆はしていない。
敵討ちは重要な目的だが、人命を優先させるのがアマトという男であった。
ゴクリと音を立てて口の中の肉を飲み込むと、席を立つ。
「ごっそさん。本当は復興作業とか手伝えたらよかったんだけど……」
「いえいえ! 町を救っていただいた上にそこまでしてもらうわけには。旅の途中とお聞きしました。道中の無事をお祈りしています。どうかお気をつけて」
「うむ、世話になったな! ところでコレとアレとソレを包んでもらえんか?」
「厚かましいな!」
アマトはこんなところで主婦力を発揮するチトセの額を小突いてやったのだった。
ここにいる誰もが知る由もない。
まさに雨降って地固まるが如く、将来はたくさんの人が行き交う大きな街へ発展していくことを。
***
町長から情報を提供してもらい、北西にあるセンカンダルという街へ向けてアマトたち一行は歩を進める。町長が言うには馬で四日ほどかかる距離なので徒歩での移動はかなり大変だと心配し、馬を貸そうかと提案してくれたがどういうわけかチトセが「徒歩でよい」と頑なにこれを拒否。
その理由は、道中で唐突に口を開いたチトセの第一声で判明する。
「修行するぞ」
「……なんだよ藪から棒に」
またいつもの気まぐれが発動したか、と思い隣を歩くチトセを見やると、彼女は真剣な表情を浮かべていた。
「アマトよ、お主はすこぶる弱いということが今回のことでよくわかった。このままではバドラギには一生勝てん。だから我が鍛えてやる」
たかがグリズギルに苦戦しすぎだ、とチトセは言う。あれだけの死闘を繰り広げ、やっとの思いで撃破したのにこの言われよう。反論してやりたいが、チトセの言葉にも一理ある。
バドラギは【竜殺し】の偉業を成し遂げている自他共に認める勇者である。つまりはドラゴンよりも強くならなければバドラギには敵わないのが道理だ。そのドラゴン自らが鍛えてくれるならば、願ってもない。
……それがチトセというのが癪に触るが。
「「わたしもきたえてほしいー!」」
双子が両手を上げて参加の意を伝えると、チトセも頷いた。
「うむ、そうだな。ヨウとリョクにも〝奇跡〟の使い方をしかと伝授せねばな」
ドラゴンのみに許された超常の力〝奇跡〟。才能のみで扱っていたこの力に努力が加われば、まさに鬼に金棒。戦力として大いに期待できよう。
差し当たっての問題は、ドラゴンの血によって多少強化されただけのアマトであった。現状だけで見れば、双子よりも弱いというのがチトセの内なる評価である。
「修行って……なにすんだよ」
嫌な予感に冷や汗を垂らしつつ、聞いてみる。
「なに、簡単なことだ」
チトセは満面の笑みで言う。
「──お主には死んでもらう」




