願い事を一つ
町に伝わる言い伝えの彼女と出会ったのは、少し昔のことである。
この作品は「セルバンテス(https://cervan.jp/mypage/w)」にも掲載しています。
“森の奥には不思議な魔女が住んでいて、彼女に会うことができたなら1つだけ願い事を叶えてくれる"
これは、私が暮らす町に永く伝わる事の1つである。大通りを真っ直ぐ進むと現れる森のどこかにいると言われる魔女の言い伝えを、私は飽きるほど聞いてきた。
町中の人々はこれをただの言い伝えだと思っているだろう。しかし、これは本当のことである。なぜなら私は、この不思議な魔女に出会ったからだ。
少し昔、まだ私が好奇心の赴くままに足を動かしていた頃の話だ。町外れのその森に、一人で向かったことがあった。その森には少し開けた場所があり、そこが素敵な花畑となっていたため、遊びに行こうと思ったからである。
どうなったのかは想像に難くないだろう。そう、迷ったのだ。森はよく伸びた枝と緑の葉で薄暗く、幼い私は途端に怖くなってしまった。どうしたらいいのか分からず、涙が溢れ出す。それをなんとか止めようと必死に拭っていると、どこからか歌が聴こえてきたのだ。
こんなに薄暗い森に、底抜けに明るい歌が響き出すのはなんとも不思議なことである。しかし、その旋律は私を走り出させるのには十分だった。
木の枝に躓きながらもなんとか走ると、着いた先には一人の女性が立っていた。その人は私に気づくと、目を大きく見開く。しかし、次の瞬間には笑顔を作り、私の前で屈んでいた。
「こんにちは、こんな所でどうしたの?」
気づけば涙は止まり、彼女が差し出してくれていた手を握っていた。
「お花畑に行こうとして、迷って、それで……。」
彼女は私の頭を優しく撫でると、繋いだ手を引いて歩き出した。
「お願いがあるのだけど……。」
歩きながら、彼女は控え目にそう切り出した。何かと問いかけるように彼女を見ると、照れ臭さそうに笑いながら歌を聴いてほしいと言う。
「人に会うのは久しぶりでね…聴いてくれたら、あなたの願い事を一つ叶えてあげるわ。」
そんなことは簡単である。私は分かったと頷くと、彼女は太陽のように笑っていた。
いつしか森を抜け、目の前に花畑が広がっている。突然彼女は花畑の真ん中に向かって走り出し、ドレスの裾を広げてこちらを見たのだ。
「ねぇ、聴いて!」
彼女の歌は見上げた青空のようにとても美しく、吹き抜ける風のように美しい旋律を奏でた。
「聴いてくれてありがとう!さあ、約束通りにあなたの願い事を叶えましょう!」
歌い終わった彼女は、私が花冠を作るのを手伝ってくれた後にそう言った。しかし、生憎その時の私にはすぐに叶えてほしい願いが見つからなかった。
「私と、友達になってほしい……。」
徐にそういうと、彼女は驚いた顔をした。けれど、それはほんの一瞬のことだった。次の瞬間には彼女の顔が、その日一番の笑顔に変わる。
「勿論、勿論よ!とっても嬉しいわ!」
「こうして、魔女と女の子は友達になったのでした。」
美しい歌声の聴こえる部屋で、そう言ったのは私である。魔女とは知らずに友達になってしまったなど、とんでもない笑い話であろう。しかし、彼女がとても嬉しそうなので、そんなことはきっと関係ない。
「それは物語?」
「そうよ。」
「最後にもう一声欲しいわ。」
歌が止まったと思えば、物語の登場人物である魔女が私の側でそう言った。
それもそうだ。物語の最後にはやはり、あの言葉が必要ではないか。
“そうして、いつまでも仲良く過ごしましたとさ。
めでたし、めでたし。”
お読み頂きありがとうございました。
お楽しみ頂けておりましたら幸いです。