大切な人・後編
「だから、お子ちゃまなレオンの相手をしてあげているマドモアゼルに感謝しなさいよね。」
「ひとつしか違わないじゃないか!」
「いいえ、精神がお子ちゃまなのよレオンは。」
「そんなことないさ!もう僕だって十五だよ。」
「その歳に見合わないほど中身が子どもだって言ってるのよ。」
ミモザは僕を見上げて余裕そうに笑った。背だって僕の方が大きくなったのに、まだそんなことを言って僕をバカにしてくる。
「そんなの、ミモザだって、そうやってすぐバカにしてくるところは、子どもみたいだよ。」
僕が不服そうにそう言うと、一瞬黙って、口の端をゆっくり上げて、ニヤリ、とミモザは笑った。
「ふふふ、そう言っていられるのも今のうちよ、レオン。私は大人の女性に一歩近づくの!レオンなんてすぐ置いていっちゃうんだから!」
「大人の女性?どういうことだい。」
僕はミモザが何のことを言っているのか、全くわからなかった。いや、わかりたくなかったのかもしれない。ミモザは、くるりと僕に背を向けると、作ったように高い声でこう言った。
「私ね!今度素敵な方と結婚するの!年上の、優しい方よ。」
「え……」
「早くレオンも素敵な女性と結婚できるように自分を磨かなきゃね!」
「な、ちょっと、待ってよ。聞いてないよそんなこと。なんで言ってくれなかったんだい、僕は君の友達なのに!」
僕は彼女の肩を掴んだ。ぐいとこちらを向かせると、そこに見えたのは、今まで見たことがない笑顔。
淋しそうに笑う、大人の女性の顔だった。
「レオン。友達は、今日でおしまいにしましょう。私は女、貴方は男なんだから。ずっと一緒にはいられないでしょう?」
君が友達って言ったんじゃないか、と叫びたくなる言葉を飲み込んだ。僕はずっと、君のことを女の人だと思っていたのに。
「……突然突き放すなんて、ひどいじゃないか……」
彼女の顔を見たら、もう止めることはできないんだなと思って。そう思ったら、涙が止まらなかった。
「……ごめんね、レオン。大好きだったわよ。」
ミモザは僕を優しく抱きしめて、額に柔らかいキスを落とした。大好きだ、なんて、それは僕の気持ちとは同じようで違うんだろう。幸せになって欲しい。誰よりも大切だからこそ、そう思いたいのに、願えない。
「……じゃあ最後に、これを贈らせてよ……」
今日は彼女の誕生日だった。僕は飽きもせず毎年のように、アカシアの花を渡していた。皮肉だね、今年こそ想いを伝えたくて特別に作ってもらったミモザアカシアの花をかたどったブローチ、もう、意味がないんだ。
「……ありがとう、レオン。大事にするわ。」
ミモザは、そのブローチを大事そうに、割れ物を扱うかのようにそっと撫でた。
「ミモザ、僕は、ずっと……」
言葉が詰まって出てこない。言ってはいけない、困らせてしまう。でもそしたら僕の気持ちは、どこに行くんだろう。ミモザはそんな僕を見て、優しく笑った。
「……大丈夫、全部わかってる。」
ミモザの目が、潤んだように揺れた気がした。だけど彼女は絶対に泣かなかった。
「……君は、強くていい奥さんになるよ。」
「……うん。頑張るわ。」
僕の手をぎゅ、と握った後、彼女は俯いた。次に顔を上げた時、彼女はいつものように幼さが残る笑顔を浮かべていた。
「ありがとう、レオン。私とお友達でいてくれて。」
僕も笑って返さないと、と涙で濡れた顔のまま無理やり歯を見せて笑った。
「僕こそありがとう!君が世界で一番幸せでありますように。僕はずっと願っているよ!」
嘘のようで嘘ではない何かを吐いて、僕はミモザの手を離した。
「ええ、じゃあ、私、準備があるから帰るわね。またね、レオン!」
ミモザは手を振りながら家まで駆けて行った。またね、なんてあるのかな。そんなことを考えるのはやめよう。
さようなら、大切な人。ありがとう、愛しい人。苦しくて、甘く優しいこの気持ちは、僕だけの秘密のまま終わらせてしまおう。
ひとり残された僕を、ミモザの甘い香りがふわりと包んでいた。