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オデット、君が死ねばいい

君がオディールだったのか、彼女がオディールだったのかは分からない。しかし、世間は間違いなく君を悪とするだろう。醜悪な嫉妬劇を繰り広げた君を。


美しいものが愛される結末なんて笑い話もいい所よ



美しくなかった。生まれながらに醜悪なこの顔は、いかなる時でもハンディキャップになり私の前に立ちはだかる。悪魔の娘と呼ばれ、両親からは醜さゆえに敬遠された。


顔を隠すように下を向いて歩いた。人より高い身長も相まって醜さは加速する。猫背で顔を上げず、ただ地面だけを見ていた。周りの顔色を窺うという言葉があるが、そんなことさえも出来やしなかった。人が怖かった。


醜悪とは誰が決めたのだろうか。全世界の人間が納得したのだろうか。時代が違えば私も美人だと言われたのかもしれない。平安時代の美人なんて、現代でいう所のブスのポジションだろう。腫れぼったい顔、海苔でも張り付けたかのような眉毛、極めつけはイカ墨パスタを食べた後の汚い歯だ。どこが美しかったのか、現代人が見れば間違いなく醜悪の部類に入るだろう。


子供の頃、好きな男の子が最後に選んだのはクラスで一番可愛い派手な女の子だった。あまり話すことが出来ない私にも声をかけてくれた少年は、とても優しくて太陽の下で生きているような人間だった。けれど、彼が選んだのは私を醜いと言い続け虐めていた主犯格の少女だった。


何故。どうして。悲しむ私に聞こえた彼の言葉は残酷であった。


『だってあいつ不細工じゃん』


人は花を見た時、美しい花から順に摘んでいく。見栄えの悪い花は摘まれない。捨てられるか枯れるか二択だ。野菜などでも同じこと。見栄えの悪い不格好な野菜は、同じ味であったとしても出荷されずに捨てられる。ただ、醜いだけで。私たちは幼い頃から人ではない所で醜悪と美の基準を学んでいたのだ。


悔しくて悔しくて仕方がなくて泣き続けた。なぜ自分が傷つけられなくてはいけないのか。泣き腫らした顔が姿見に映った瞬間、その醜悪さを見て笑ってしまった。


「泣き顔まで醜いわね」


鏡に触れて顔に触れて。美しくないことは罪だと気づく少女は、美しくなるために泥水をすすった。朝から晩まで働き続け、汗だくで汚くて醜いと言われようとも変わるために耐え続けた。そして、その顔にメスを入れた。


激痛にうなされ続け、再び鏡を見た日。人生が変わった。

醜悪だった自分はどこにいるのだろうか。ここにはただ、美しい花のような少女が驚いた表情を浮かべているだけだ。両手で頬を触れば鏡の中の少女も同じように動く。自分の顔だと気づくのには時間がかかった。


美しくなった自分がいる。街を歩けば好奇の目にさらされた。それは以前のようにマイナスなものではなく、美しくなった者を崇拝するような目だった。


世界は一変した。美しくなればこんなにも愛されるのか。得するのか。愛しい人も出来た。前を向けるようになった。背筋が伸びた。着れなかった服が着れるようになった。美しいだけで愛される。寄って来る男たちを弄んだ。醜悪な自分だったら出来なかったことだ。


しかし、こうも思うようになった。作られた美しさがいつばれてしまうのか、それがばれた時にどんな扱いを受けるのか。怖くて怖くて言えなくて、私のことを好きになってくれた最愛の人にも、真実は口に出来なかった。

所詮顔だけだったのかと、言われたくなくて。


今まで蔑まれてきた分のお返しと言わんばかりに美に酔いしれていた時、一人の少女に出会った。その少女は自分とそっくりな顔で、しかしながら清楚で純朴な花のような雰囲気を持つ少女だった。さながらオデットのように純粋な少女は、顔のよく似た私とすぐに仲良くなった。彼女は私をよく慕ってくれて、私も彼女の優しさに心を奪われていった。言えない過去も彼女には打ち明けられた。


「私昔醜かったの」


「そうなの?」


「ええ、それが嫌で顔を変えたのだけど、まさかそっくりの人がいるとは思っていなかったわ」


彼女は笑う。変身をした私とは違う、生まれながらに恵まれた美しい顔で。


「でも貴女は変わった。それに貴女が美しくても醜くても、やっぱり私は貴女のことが好きだったと思うわ。それに貴女の恋人も、私と同じ考えだと思う」


その言葉に突っかかっていた何かが消える気がした。嬉しくてたまらなくて零れそうになる涙を堪えたが、彼女が笑ってハンカチを差し出すので、しまいには泣いてしまった。


こうして私は、最愛の人と最愛の友人を手に入れた。美しくなったからではない、私自身が変わって手に入れた愛だ。美しさは顔ではなく、内面から溢れ出るものだと彼女から教えられた。その日から私は心から笑えるようになった。最愛の人と婚約し、彼女は喜んで話を聞いてくれた。人生の絶頂期だった。


しかし、それは一瞬にして崩れ去った。


それは月が綺麗な夜だった。最愛の人と共に暮らす家に帰宅する際中、見上げた夜空は今でも忘れられない。とても美しく、神秘的で、この感動を早く愛する人に伝えたくて足を早める。鍵を差し込んで扉を開いたその時、甘ったるい嬌声が聞こえた。


「え…?」


驚いて鍵を閉めようとした手が止まった。これは女性の声だ。紛れもない、女の嬌声だ。ベッドのスプリング音、ひそかに聞こえる水音、男性の苦しそうな声。


理解が追い付かないまま、声のする寝室に手をかける。すると会話が聞こえて、私は固まってしまった。


「いいんですか?」


彼女の声だ。大好きな、純朴である友人。


「僕は君の方が美しいと思っていた」


最愛の人の声だ。


「そんなことないです、あの子だって綺麗です」


「いいや、あいつの美しさは偽物だったんだ。君が教えてくれたように、嘘で塗り固めた美しさには何の価値もない」


君が教えてくれたように?

先日の会話を思い出す。昔は醜かったことを伝えたこと。変わる決意をして、美しくなったこと。それでも彼女は受け入れてくれたこと。


再び始まった行為の最中、薄く開かれた扉の先で彼女と目が合う。彼女は私を見て、酷く醜悪な顔で笑ったのだ。



「昨日はどこに行っていたんだい?」


帰りが遅かったからと彼は言葉を続ける。私は微笑みながら朝食の用意をしていた。


「お友達と話が弾んじゃって。ごめんなさい」


彼のためにコーヒーを淹れパンを焼く。一連の流れの中で、一つの小瓶を懐から出し、コーヒーの中に溶かした。


「いいや、楽しそうでよかったよ」


「ええ、貴方はどうしていたの?」


「僕は君の帰りを待っていたよ」


嘘ばっかり。マドラーでコーヒーを混ぜる。こんなにもスムーズに嘘がつける人だとは思わなかった。それに気づかない私も馬鹿だったのだけど。


「はい、どうぞ」


「ああ、ありがとう」


差し出された朝食の中で、マグカップに口をつけた彼を見て笑みが消えた。一瞬にしてマグカップが床に落ち割れる。息が出来ず首筋に爪を立てもがく彼は、この世のものとは思えないほど醜かった。


「嘘ばっかり」


助けを求める彼を一蹴し、私は出かける準備をする。


「作られた美しさはいらない?」


私はこんなにも努力したのに。誰かに愛されるため、他人に嫌われないために変わったのに。


「白鳥の湖を知ってる?美しい娘に一目惚れした王子が彼女を探すけど、彼女は悪魔によって白鳥にされて、彼女とそっくりの娘が王子に迫る。王子はその娘を好きになるけど、彼女が白鳥になってしまったと気づき後悔するの。王子は悪魔を殺すけど結局彼女は白鳥のままで来世で結ばれるようにと身を投げる」


真っ赤なリップは美しい顔をさらに引き立てた。輝く爪は細部にまで気を遣う女のたしなみだ。


「私このお話好きだったの。来世で結ばれるなんて素敵じゃない?何より、美しい娘が幸せにならない結末が」


彼が椅子から転げ落ちる。痙攣する身体を見下してその顔に足を乗せた。


「ねえ、貴方が王子だとして。オデットは私だと思っていたわ。でも、違う。私は結局、悪魔によって彼女と同じ美しい顔になったオディールなのよ、私は白鳥になんてなれなかった」


彼の息が止まった。瞳からは涙が溢れて白目を剥いている。私に何度も口づけをした唇は蟹のように白い泡を吹いていた。


「さようなら、最低で低俗な人」




美しさとは見た目の醜悪なのだろうか。きっとそれは違う。どんなに美しくても、中身が醜悪な人間はいる。むしろ見た目の醜悪を気にする人間ほど美しい人間が多くて、美しい人間ほど中身が醜悪であった。言い寄ってきたほとんどの人たちは自分に自信のある人ばかりで、美しさを隣に置きたいだけの人間だった。綺麗な花から摘むのと同じように、花瓶に飾られた一輪の薔薇を近くに置きたかっただけだ。その事実に気づけなかった自分が情けない。しかし、もうやるべき事は決まっていた。


彼女は美しい花園にいた。自宅の裏で美しい花を育てていた彼女は、今日も変わらずそこにいて花に笑みを振りまいていた。その姿に腹が立って、私は無言のまま彼女に近づく。彼女は私に気づき手を振るが、私の手に握られた鋭い刃物を見た瞬間、背を向けて逃げ始める。しかし、足元に置かれた鉢植えに足を取られ笑ってしまうくらい綺麗に転んだ。後ずさりしながら私を恐怖のまなざしで見つめる。腰が抜けて立てないのだろう。身体は恐怖で震えていた。


「違うの、お酒を飲まされて、気づいたらああなっていたの!!」


私は悪くないと叫ぶオデットは死の淵にあっても綺麗であった。震える身体は華奢で、恐怖が滲む表情は守ってあげたくなるほどに。


けれど、彼女は醜悪だ。最低で低俗で、下品な笑みを浮かべる醜い人間だ。私を好きだと言ったのも嘘。喜んでくれたのも嘘。清純なのも嘘。純朴なのも嘘。全部全部嘘。あの日私にブサイクだといった男の子と同じ。私を虐めた女の子と同じ。醜い人間だ。


刃物を振りかぶる。彼女の胸をめがけて一直線に振り下ろした。



「オデット、君が死ねばいい」



王子は死んだ。オデットも死んだ。オディールはどうなったのか。それは分からない。彼女はまだ、この世界にいるかもしれないし、もう身を投げたのかもしれない。果たしてどちらがオデットだったのか、知る人はいないだろう。世間は殺された美しい娘をオデットのように愛した。そういえば先日、海から死体が上がったらしい。それは酷く食い荒らされていて、元の人間の姿は分からない。原型を留めていなかったその顔は、酷く醜悪だったそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 気になる点で、質問の形になってますけど、楽しみ方は自分で探してみようとおもいます。できれば削除して書き直したいんですけど。いらない悩みをつくらせそうでした。ごめんなさい。
2021/08/09 10:18 サットゥー
[気になる点] 悲劇ってどこで感動して、どこが面白いのでしょうか?どうすれば、楽しめるのですか?ちょっとよく分からないです [一言] まだ、こういう悲劇とかにあまり触れてないのでどう反応したらいいのか…
2021/08/08 17:40 サットゥー
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