8.サブローさんの首輪
ギルンのやつ、一体何なんだ?
俺とサブローさんが首を傾げていると、トゥリンは顔を真っ赤にした。
「シッ……シバタは体が弱ってるから、薬を飲んだらすぐに寝た方がいい!」
「ああ」
言われた通り布団に入ると、低い音でお腹が鳴る。
「そういえば、昨日から何も食べてなかったな」
「そうか。それは大変だ! 今、食事を持ってくるからなっ!」
バタバタバタと部屋を出ていくトゥリン。
何だか騒々しいなあ。
しばらくして、トゥリンは野菜の入った麦のお粥のようなものを持ってきてくれた。
「ほら、シバタ、私が腕によりをかけて作ったご飯だぞ! あーん」
甲斐甲斐しくスプーンを差し出してくるトゥリン。
「えっ?」
「あーん!」
強い語気に押され、渋々口を開ける。病人だから仕方ないのかな。
「うん、美味しい」
久しぶりのご飯だ。味は少し薄いが、出汁のよく効いた優しい味だ。暖かいものが食べられてありがたい。
「そ、そうか! 美味しいか! どれ、もう一口……」
トゥリンが再度粥を掬うと、サブローさんがヌッとトゥリンの横に現れた。
「サブローさん、近い!」
トゥリンがサブローさんの顔を押しやる。サブローさんは口からヨダレをボトボト落として俺の粥を見つめている。
「サブローさんもお腹が空いたんだ」
「そ、そうか。ちょっと待ってろ」
しばらくして、トゥリンはサブローさんの前にも何やら桶のようなものを置いた。
「サブローさんのご飯はこんな感じでいいか?」
見ると、桶の中には人参やキャベツなどの野菜の切れ端や麦、茹でた鶏肉の欠片が入っている。
「ああ。ありがとう」
俺が合図すると、サブローさんはガツガツと肉やキャベツを食べ始めた。
「それとこれ」
トゥリンは綱を俺に差し出した。
「綱?」
「ああ。可哀想だが、皆が怖がるのでサブローさんを外に出す時はこれで繋いでおいたほうがいい。そのほうが野生の獣と勘違いされなくて済むし」
「なるほど。ではこれを散歩綱にするか」
俺は綱を受け取った。確かにその方がいいかもしれない。また弓で攻撃されたら大変だし。
「だが、繋いでおくための首輪がない」
そう言えば、事故で死んだ時は赤い首輪を付けていたのに、サブローさんの首からはいつの間にか首輪が無くなっている。
もしかするとミアキスが取ってしまったのかもしれない。クソッ、あの女神め。
「その布じゃダメか」
トウリンはウサギを包んでいる青い風呂敷を指差した。
俺は風呂敷をサブローさんの首に巻いてみた。うん、似合わない。
サブローさんは青が致命的に似合わないのだ。
「それにちょっと布地が弱くてこれじゃ心もとないな」
俺が風呂敷をサブローさんにつけていると、トゥリンがウサギを手に叫んだ。
「お前これ、カーバンクルじゃないか!」
「ん? その獣のことか。珍しいのか?」
トゥリンは俺の肩を揺さぶる。
「ああ! こいつは超レアで珍しい上に、知能はA、素早さSランクで捕まえるのが難しいんだ。どうやってこれを!?」
「サブローさんが捕まえたんだ」
「サブローさんが!?」
トゥリンがゴクリと息を飲みサブローさんを見やる。
「サブローさん、お前すごいなあ」
偶然だと思うけど。
「カーバンクルは別名幸運の獣と言われていて、見た者に幸運をもたらすんだ。身は焼いて食えば柔らかくて美味いし、額にはまった宝石は重要な魔力アイテムになる。素晴らしい獣だぞ」
恍惚の表情を浮かべるトゥリン。
どうやら相当貴重な獣らしい。
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◇柴田犬司 18歳
職業:勇者
所持金:金貨3枚
通常スキル:言語適応、血統書開示
特殊スキル:なし
装備:柴犬
持ち物:カーバンクル、散歩綱 new
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チラリとカーバンクルを見る。
ひょっとして、これを売れば首輪が手に入るだろうか。
すっかりご飯を食べ終え丸くなっているサブローさんに目をやる。
確かに首輪がないと「野の獣」にしか見えない。
早く首輪を手に入れないと。
◇◆◇
「ここがエルフの市場だ」
翌朝、俺はトゥリンに連れられ村の市場に来ていた。
市場と言っても、村の真ん中に二、三件商店があるだけなんだけど、ここでは市場と呼ぶらしい。
「こっちが食べ物で、こっちが雑貨。それでこっちが武器屋。武器とか防具とか魔法関連のお店だ」
「なるほど」
「私はカーバンクルを売ってくるからシバタは店の中を見てていいぞ」
「分かった」
俺はサブローさんを抱っこしたまま雑貨の店を見て回った。
首輪は頑丈なものがいい。
出来れば、革か何かでできていればベストなのだが……店内を見回すも、それらしき物はない。
「やったぞシバタ、金貨1枚だって。さすが幻の獣だ。これ1枚で一ヶ月は暮らせるぞ!」
トゥリンが弾けるような笑顔で俺に金貨を渡してくる。
「ありがとう」
――金貨1枚で一ヶ月暮らせる?
俺は自分のポケットに金貨3枚が入っていたことを思い出した。
あの女神、ああ見えて意外と気前よかったんだな。それとも金銭感覚が無いだけだろうか。
「それで首輪になりそうなものはあったか?」
トゥリンがサブローさんの頭を撫でる。
「いや、それらしいのは無いな」
「そうなのか。市場ならあると思ったんだが。どれ、私も探してみよう」
もう一度二人で店の中を探す。
中には鍋や皿などの日用品やビーズで出来たアクセサリー、服などが雑多に並べられてある。
「シバタ、サブローさんの首輪もいいけど、その服もどうにかした方がいいぞ」
俺は自分の服装を見た。
犬の散歩中に死んだので、上下アディ〇スの黒いジャージのままだ。
確かにこの格好は異世界では目立つかもしれない。
でも動きやすいし汚れても平気だから便利なんだよな。
俺はヘッヘヘッヘと舌を出してるサブローさんを見た。
「いや、先にサブローさんの首輪だ。俺の服は金が余ったら買うことにする」
「フーン」
俺たちは雑貨の店を出た。
「とりあえず隣の店も見てみよう」
二人で武器屋に入る。
中には大小様々な弓やナイフ、魔法の杖が飾られている。
「む、こっちに革製品があるな」
角のコーナーでは、皮で出来た盾や鎧、小手がズラリと棚に並んでいる。
「何かお探しですか?」
店主の眼鏡をかけた女エルフがやってきた。
俺が振り向くと、店主はサブローさんを見てビクッとする。
「この犬……いや獣に付ける首輪を探している」
「はあ、左様でございましたか。では、この鎖はどうでしょうか?」
「鎖?」
「ええ。モンスターや使い魔を使役するための鎖です」
店主が鎖を取り出す。確かに縄より鎖の方が切れにくいかもしれないが、見た目がなんだか重々しい。
「見ててくださいね? ほら、もし使い魔がこちらの言うことを聞かない時は、ここを回せば首の鎖が締まり、中からトゲが出て、使い魔を痛めつけて言うことを」
「却下だ」
そんな痛そうなのサブローさんに付けられるか!
「シバタ、これはどうだ?」
トゥリンが棚の上に飾ってある赤い革のベルトを指さす。
人間がつけるベルトなのて少し長いが、二重に巻くか切ればいいし、何か変な赤い宝石もついてるけど、それも取り外しできそうだ。
太さも頑丈さも申し分なさそうだ。何より色が上品な赤で気に入った。
「よし、それを買おう」
俺が言うと、店主はオロオロと慌てだした。
「しかし、それは人間用ですし獣には勿体無いですよ! 金貨2枚もしますし……」
金貨2枚か。
確か金貨1枚で一ヶ月は暮らせるとか言ってたな。
「よし、買おう!」
俺は即答すると、ポケットから金貨を2枚出した。
「えーーっ!!」
店員さんが口から泡を吹いて倒れそうになっているが、知るもんか。
◇柴田のわんわんメモ
◼リードと首輪・胴輪
・首輪やハーネスはきつく締めすぎず指が1本入るくらいの隙間を空ける。リードは1.6~2mくらいのものが良い。散歩の際はそれを手にぐるぐる巻き付けて短くして持つ。