46.暴走!サブローさん
「ご主人! こっちからサブローさんの匂いがするです!」
モモが城の階段を見上げるわ、
「よし、行ってみよう」
ギシギシと鳴る木製の螺旋階段を上がる。
「それにしても、静かだな」
「ああ、敵の一人も出てこないし……不気味だ」
トゥリンはギュッと弓を握りしめ、緊張した顔で辺りを見回す。
俺は頷いた。
「かもな。でも、そうだったとしても行くしかない。もう後戻りはできないんだ」
「そうだな、シバタ」
長い階段を上がると、大きな扉が現れた。
恐る恐る開けると、サブローさんのクルリとした尻尾が見えた。
「サブローさんっ」
隣には、セーラー服を着た黒髪の女の子。
「……と、ゾーラ」
「フフフフフ」
ゾーラはサブローさんの頭を撫でた。
サブローさんは壁の方を向いたままこちらを見ようともしない。
「……サブローさん?」
いや、サブローさんが見ているのは壁ではなかった。
そこにあったのは岩。真ん中に亀裂が入った岩だ。
「その岩は、もしかして」
「魔王様の魂が封じられた岩だ。岩に亀裂が入り私とガノフの封印は解けた。だが魔王様は中々復活なさらない。恐らく、魔王様の強い魂を受け入れるだけの器が無かったからだ。だが、その犬ならば……!」
興奮気味に目を見開くゾーラ。
まさか……サブローさんを魔王にするつもりか!
「させるかっ!」
サブローさんに向かって走る。が――
「はぁッ!!」
ゾーラが前に手を出すと、目の前に透明な壁ができ跳ね返される。
「グハッ」
ゴロゴロと板張りの床に転がる。
「シバタ!」
「大丈夫だ。それよりサブローさんが」
「ウウ……ウウウウウ」
サブローさんが低い唸り声を上げる。
今まで聞いたことのないような邪悪な声。
思わず背中に寒いものが走る。
「ふふ、丁度いい。こいつは魔王様直々に倒して貰うことにしよう」
「何っ!?」
ゆらり、サブローさんが振り返る。
大きく膨らんでいく体。
見る見るうちに、サブローさんは見上げるほどの大きな犬となる。
その目は光を失い、憎悪に歪み、まるで犬ではない別の化け物のようだ。
魔王に体を乗っ取られているのか!?
それとも瘴気とやらのせいか?
「サブローさんっ、目を覚ませ!!」
ありったけの声で叫ぶ。
が、サブローさんの目は光を失ったままだ。
「ガウッ!!!!」
サブローさんの大きな口が吠える。音圧のつぶて。
俺はサブローさんの音波攻撃で後ろの壁まで吹き飛ばされた。
「シバタ!!」
「ご主人!!」
「寄るな!!」
俺は駆け寄ろうとしたトゥリンとモモを制止する。
「サブローさんの相手は俺がする」
ゆっくりと立ち上がる。
「サブローさんは、俺が正気に戻す!」
そうだ。俺はサブローさんの飼い主だ。
そして友だちで、大切な家族。
――俺がサブローさんを元に戻すんだ!
「サブローさん、おすわり!」
低く命令する。
「サブローさん、おすわり」
サブローさんの耳がピクリと動いた。
いいぞ。
いかに魂を魔王に乗っ取られて居ようとも、その体は犬。
こうなったら今まで体に染み込んだ犬としての本能に訴えるしかない!
犬というものは――
「サブローさん、おすわり!」
サブローさんの足が止まる。
「グルルルル……」
サブローさんの足が完全に止まった。
サブローさんは俺と一定の距離を保ったまま、低いうなり声を上げ俺の目をじっと見つめ続けている。
「サブローさん、おすわり」
できる限り低い声を出す。
――犬というものは、自分の主人に従うものだ。
群れの中でヒエラルキーの高いものに付き従う。それが犬の本能。
そしてヒエラルキーの高さを示すには、実際に犬より強くなる必要は無い。
「強そうに見せる」ことが重要だ。
犬が人間の食べ物を欲しがった時にはきちんと拒絶したり、散歩の時に犬の行きたい方向ではなく飼い主の決めたコースに従わせたり、しつけをするのもそう。
低くゆっくりした声で命令を与えるのも。
俺はサブローさんと目を合わせ、じっと見つめた。
サブローさんも俺をじっと見つめる。
恐らく、先に自分から目を逸らしてしまったら、その瞬間に負けが決まる。
だからこれは――精神力の勝負だ。
「サブローさん、おすわり」
サブローさんは、目を合わせたままその場から微動だにしない。
長丁場になりそうだ。




