第百五十八章 人形遣いと少年~カンチャン村道中異変~ 10.運営管理室
「ここで『人形遣い』のNPCを持ち出すのかぁ……」
「管理AIも思い切ったなぁ……」
その日、運営管理室を支配していたのは――近頃では珍しい事に――悲鳴でも怒号でもなく、感嘆と苦悩、そして幾許かの諦観であった。
スタッフたちのそんな感興を呼び起こしたのはシュウイではなく、SROの管理AIであったというのも、常日頃とは趣の変わった理由であろう。
「木檜さん、『人形遣い』って抑、シアの町以降で解放する予定じゃなかったですか?」
檍という名の新スタッフがそう訊ねたのに対して、室長の木檜は難しい顔で答える。
「現在の進行状況に鑑みる限り、それでは遅いとAIは判断したんだろうな」
「ナンの町半壊なんて状況、想定も夢想もしてませんでしたからねぇ」
「それも序盤……と言うか、『死刑宣告者』の討伐イベントが発生する前に」
「ナンの町が被害を受けるとしても、それは『死刑宣告者』が暴れた結果だと考えてたからなぁ」
お蔭で当初のスケジュールは、遅れに遅れまくっている。なのに、あちらこちらでシュウイが幾つかの要素を――予定より早く――解放するものだから、ゲームの進行は甚だ歪なものとなっている。
この状況を打開するには、ゲームの進行を想定の範囲内に収めるしか無い。具体的には、ゴッタ沼の「死刑宣告者」の討伐を。
「いやまぁ、その討伐を難しくしているのが、支援拠点たるナンの町の半壊なんだが」
「もはや想定されていたレベルの梃子入れでは間に合わない。だったら想定を覆してでも、ゲームの進行をブーストする要素を投入する」
「兵站システムが機能不全を起こしている現状では、ゴッタ沼攻略側の火力を充実させるのが手っ取り早い」
「その一環として、打撃力に優れるであろう巨大ロボ……じゃなくてゴーレムの早期投入を図る――かぁ……」
「話の筋としては通っているが……管理AIも大胆な手を打ってきたもんだ」
「いや、CANTECの社員としては喜ぶべきなんだろうが……ロードマップは完全に見直しだな」
「幸いにして、その作業を強いられるのは俺たちじゃない。……それだけがささやかな救いだな」
中盤まで伏せられる予定だった「人形遣い」を解放するには、プレイヤーがそのスキルを手に入れる必要がある。本来ならそのために色々な条件を整えてやる必要があるのだが、今この状況に限っては、余計な手順を素っ飛ばしてそれを成し遂げるルートがあった。
……そう、シュウイの持つ保安官のジョブと『治安の執行者』称号、それによる犯罪者からの没収ルートである。
「幸いと言うべきか、彼には既にゴーレム討伐の実績があるからなぁ」
フォンの切り通しでのイベントで、シュウイはイベントボスであるクレイゴーレムの単身討伐に成功している。犯罪者NPCの使役するゴーレムなど、単に〝美味しい獲物〟でしかない。
「いや……真っ当に戦えば、もっと苦戦を強いられる筈なんだが」
「【堆肥作り】に加え【掏摸】と【奪刀術EX】のトリプルホルダーだからなぁ、彼は」
「うむ、ゴーレムにとっては天敵と言う他は無い」
「こんな天敵が誕生するなんて、【スキルコレクター】設計時には予測できなかったからなぁ……」
管理AIもそれを承知しているからこそ、ここで「人形遣い」持ちの犯罪者NPCを投入したのだろう。
「残る問題は、彼が『人形遣い』をさっさと解放してくれるかどうかという点ですが……」
「何、告知ルートは他にもある。これまでの実績に鑑みて、彼だって『人形遣い』の情報を完全に秘匿しようとはしない筈だ。或る程度の噂としてだけでも流れてくれれば……」
「……後は済し崩しに、住民からの告知ルートに持ち込む訳ですか……」
「多少力業になるが、それで目的は達せられる筈だからな」




