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第百五十六章 ペンチャン村滞在記(十日目) 1.村の婚礼(その1)

 ペンチャン村での滞在も(はや)十日目を数えるこの日は、節目の日に相応(ふさわ)しく、村を挙げての婚礼となっていた。

 既に祝い酒の調達、正確にはその原料を【猩々(しょうじょう)】の舞によって祝福するという形で役割を終えたシュウイと違って、婚礼を祝う鈴での演奏にこれから参加するモックとエンジュは、そこまで安閑としてはいられないようだ。



「……ちょっと落ち着こうよモッ君」

「は、はひ、大丈夫れす。ゑぇ全然」

「だめだこりゃ」



 ガチガチに緊張しまくっているモックを見て頭を抱えていたところに、ひょっこり姿を現したのが、村の(くす)()であるアラベラであった。緊張の余り息をする事すら忘れそうなモックを見かねたのか、黙ってコップを差し出したところ、モックも躊躇(ためら)う事無くそれを飲む。それは(さなが)ら脊髄反射のような自動反応であった。



「ちっとは落ち着いたかい?」

「は……はぃ」



 霊験(れいげん)(あら)たかな秘薬は何ぞと顔を寄せれば、ぷ~んと鼻を()くアルコールの香り。



「これって……」

「あぁ。お前さんが祝福した(やぶ)イチゴで造った(やつ)さ。婚礼には持って来いの出来になったんでね」



 アルコールの薬理作用として、理性の(たが)(ゆる)めてリラックスさせるというものがある。SRO(スロウ)の酒ではリアル並みの「酔い」は実装されていない筈なのだが、どうやら「(ほろ)()い」程度はお()(こぼ)しの範囲らしい。少なくとも、モックの緊張を抑える効果はあったようだ。


 アラベラに拠れば、村の婚礼では新郎側が参会者に酒を振る舞うのが慣例なのだという。今回はシュウイが【猩々(しょうじょう)】で祝福したイチゴ酒がそれになるらしい。

 それなりの量を祝福した気はするが、村民全体に充分行き渡るだけの量があっただろうかと心配するシュウイにアラベラは、



「何、飲み足りないやつは自腹を切ってでも飲むからね」



 ――そう事も無げに答えを返した。

 これは或る意味で新郎新婦への振る舞いのようなものと見做(みな)されるため、村の呑兵衛たちは大手を振って大酒を買い込めるのだという。日頃締まり屋の奥方たちも、この日ばかりは仕方がないと苦笑いして()(こぼ)すらしい。


 思いがけず知った村の風習にふ~んと感心しつつ、モック同様試飲に(あずか)ったエンジュ――こっちはそこまで緊張していなかったが――とモックを新酒片手に送り出すと、シュウイは祝い客の席へと足を向けた。



・・・・・・・・



(う~ん……これはちょっと問題じゃないかなぁ……)



 新婚夫婦への祝福の演奏、モックとエンジュが参加しているそれを【魔力察知】を通して眺めたところ、鈴の演奏者たちから弱い魔力のようなもの(・・・・・・・・)が若夫婦へと流れているのに気が付いた。案ずるに、これがエンジュが聞いたという「祝福の祈り」というやつなのだろう。そんなものまで可視化できるとは、【魔力察知】侮るべからずである。


 それはそれで重畳(ちょうじょう)なのだが、問題は流れている「祈り」の濃淡である。


 恐らくは鈴の演奏の巧拙、或いは年季というものが関わっているのだろうが、()()べてベテランの女性(おばさま)たちから流れる祝福は濃く、少女たちから発せられるそれは――個人差はあるものの――薄いという傾向にあった。面白いのは「異邦人(プレイヤー)」であるエンジュからも、微々たる量とは言え祝福が贈られている事だろう。それはいい。


 ところが……ここで問題になるのがモックであった。


 恐らくは演奏を間違い無く(こな)す事に意識が行くあまり、祝福だの祈りだのという事が綺麗さっぱり吹き飛んでいるのだろうが、そういった魔力(仮)がまるで放たれていなかった。……いや、正確に言うなら「祝福」自体はご婦人方と較べても遜色無い量が放たれているが、それはモック個人からではなく、彼の持つ「()(すい)の鈴」から発せられているのである。


 結果だけを見れば、新婚夫婦はちゃんと「祝福」を受けているのだが……



(演奏を瑕疵(かし)無く(こな)す事ばかりに意識が行って、新婚夫婦の幸せを気遣う余裕なんか無いって事なんだろうけど……)



 (いやしく)吟遊詩人(バード)を目指す者として、この為体(ていたらく)は問題なのではなかろうか。



(……結果オーライなんて言えないよね)



 祝福の演奏が終わって、カチコチヨロヨロと引き上げて来るモックに向けて、〝ほとんどぶっつけ本番でやったにしちゃ良い出来だ〟などと、村人たちから(ねぎら)いの声がかけられているが、ここは指導者として苦言を呈しておくべきだろう。



・・・・・・・・



「……すみません……失敗したら駄目だと、それにばかり気が行ってて……」

「まぁ、初舞台で大役を任されたようなもんだから、解らなくはないけどさ。やっぱり気持ちというのは大事だと思うよ?」



 シュウイの見聞きした限り、村の少女たちの演奏はお世辞にも上手とは言えなかったが、それでも祝福の気持ち(まりょく)はちゃんと籠もっていた。技巧に走って心遣いを(ないがし)ろにするのはやはり(まず)いだろう。



「ははは……吟遊詩人(バード)失格ですね……」

「まぁ、最初だから大目には見てもらえると思うけど、次からはもう少し余裕を持たなきゃ……ってとこだね」

「そうそう。シュウイ先輩もキャラ再作成までは言ってないんだし、あんまり深刻に考える事は無いって」



 ……慰めているのか、それとも追い討ちをかけているのかと言いたくなるようなエンジュのコメントであったが……ともあれ、それを潮に三人は(うたげ)の場へと足を向けた。


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― 新着の感想 ―
乾演奏というか、仏作って魂入れずの状態になってたのねww バードは呪歌的なものを扱う職業なんだから魔力込めゼロは確かに頂けない。問題点として指摘されるのは致し方無しかなあ。
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