第百五十四章 その頃の彼ら 3.テムジン
王都からの救援物資――ただし民間主導のもの――の到着と、それに伴う「シアの町部分開放」という展開は、停滞気味だったゲームに大きな転機をもたらした。それは当然多くのプレイヤーにも影響を及ぼさずにはおかなかったが、トンの町でもその一人が、今後の動きを思案していた。――誰かと言えばテムジンである。
ナンの町復興の目処が立ったという事で、ギルドからの緊急依頼として出されていた鉄の製錬が完了という事になったのである。
ギルドに顔を出した際にその事を告げられたテムジンは、長期間拘束されていた依頼の終了に安堵の溜息を吐くと、関係各位の挨拶廻りに時間を費やした。
足取りも軽く工房へ戻ったテムジンは、この後何を始めるかの計画に心を向ける。
現時点で一番気になっているのは、シュウイが報せて寄越した「芋虫鉱山」の鉄鉱石である。
何しろ〝魔鉄に加工し易い〟という看過すべからざる特性を持つ上に、「不純物」としてプラチナとチタンを含有しているというのだ。特殊鋼の開発に意欲を燃やすテムジンとしては、是が非でも押さえておきたい鉱石と言える。
今まではナンの町復興用の鉄材の製錬に忙殺されて動きが取れなかったが、その依頼が完了した今ならば……と、その気になったタイミングで、シュウイからのメッセージが届く。近々ペンチャン村を離れるという。
間の悪さに天を仰いだテムジンであったが、
(いや……しかし旅芸人でも旅鍛冶でもない自分が、いきなり縁もゆかりも無いペンチャン村へ行くというのも不自然か)
少なくとも、人目を引くのは間違い無い。特殊鋼開発についてはできれば秘密裡に進めたいテムジンとしては、好ましからざる展開になりそうだ。
それを考えると、
(……ここは一歩引いておくのが上策か)
――そうすると、この後自分はどういう風に動くべきか。
寸刻思案に沈んだテムジンであったが、プラチナとチタンというキーワードから、一つの計画が浮かんで来た。何かと言えば、炉のバージョンアップである。
既に何度か触れた事であるが、テムジンはβ版でも鍛冶師をやっていた。そして、βプレイヤーの特典として、β時代の設備を商用版に持ち込む事を選んでいた。
今までは特にその必要を感じなかったが、チタンやプラチナが出て来るとなれば話は別だ。より高温での熔鉱が可能な炉を用意する必要がある。
しかも都合の好い事に、テムジンはついさっきまで、大量の鉄の製錬に邁進していた身。今後同じような事態が起きた時に備えて、工房の量産能力を高めるためだと言えば、ヴァージョンアップも不自然とは思われまい。
(そうすると次は……)
新型炉の導入は既定の方針だとしても、それをどういう形で導入するか。
単に現用の炉と置き換えるだけなら手間はかからないが、テムジンが採り得る手段はもう一つある。鍛冶場自体の拡充である。
(弟子もそろそろ専用の炉が要る頃合いだしな。今の炉はそのままあいつらに使わせて、βで使っていた炉は別の場所に設置する……今後の事を考えると、こっちの方が都合が好いか)
建前が生産力の向上なのだから、置き換えよりも増設の方が説得力がある。丁度今なら仕事の端境期のようになっていて、請け負う仕事も切れている。
(……と言うか、今を逃すとチャンスは無いかもな)
鍛冶場を拡張して新たに炉を増設するとなれば、どうしたところで仕事を一時中断せざるを得ない。今までの炉が使えるとしても、鍛冶場自体を改造する必要があるので、従来どおりの使用が出来なくなる。
いや、SROには魔法があるのだから、土魔法を使えば建屋の増設などあっと言う間……に思えるし、実際そういう一面もあるのだが、今はとにかく時期が悪い。そういった土魔法を使える者は、住民とプレイヤーの如何を問わず、復興のためナンの町に出向いている。トンの町に残っているのは引退組か半人前のどちらかで、しかもその連中ですら予約待ちの段階なのだ。
――だが、それを押しても工房の改築は不可欠だろう。それもできれば、今までの炉とは別棟にしておきたい。
(チタンとプラチナのように、これからは大っぴらに扱えない素材が増えていきそうな気がするしな)




