第百五十三章 ペンチャン村滞在記(九日目) 2.【酒造】スキル顛末(その1)
ボルマンのところで一仕事済ませたシュウイは、その足でアラベラの薬屋へ……ではなく、村の造り酒屋の許へと向かった。昨日のうちにそうするように言い含められていたからである。
そして――そんなシュウイを出迎えたのは、酒屋の前にズラ~リと並んだ呑み助たちの、それはもう輝くような笑顔であった。
(あー……昨日採りに出かけたっていう藪イチゴ、きっと大猟だったんだろうな……)
思い返せば一昨日の事、試しに祝福した藪イチゴの品質が、目論見どおりに向上したのが発端であった。これなら良い酒が造れそうだと踏んだ呑兵衛たちが、挙ってイチゴ狩りに出たのが昨日の事。
そして今日、その左党連中が笑顔で自分を待ち構えているとなれば、他に理由は考えられないではないか。
「あ~……まぁそのとおりなんだけどね。他に理由が無い訳でもないのさ」
……「理由」という単語が副音声を伴っていたような気もするが、ともあれアラベラ言うところの〝他の理由〟というのを聞いてみるとしよう。
「この村で明日婚礼があるのは聞いてるだろ? で、婚礼にゃ祝い酒ってやつが付きものな訳さね」
「成る程……それを今から仕込もうと?」
現実とは大いに違う事に、便利重宝な【酒造】スキルを熟練者が使えば、一晩で酒を醸す事すら不可能でないのがSROである。
昨日採って来た藪イチゴにシュウイが【猩々】の祝福をかけ、高品質になったそれを原料に【酒造】スキル持ちが奮闘すれば、上質の酒を大量に確保するのも不可能ではない。……「婚礼祝い」という大義名分の威を借りた呑兵衛たちの圧力は、嘸や凄いものであったろう。
シュウイは造り酒屋の武運を、心中でそっと祈っておいた。
酒屋の運命についてはともかくも、シュウイに期待されているのは【猩々】による原料の祝福であろう。明日の婚礼に向けての祝い酒というなら、シュウイも手を抜く事などできはしない。モックとエンジュが祝いの演奏に参加するとあらば尚更の事。
よしっと気合いを入れ直したシュウイが、レベルアップしたての【猩々】を舞えば、祝福の対象とされた藪イチゴが淡く発光する。
こっそり辺りに目を配ってみると、原料の筈の藪イチゴを摘み食いしている者もちらほらいたが、それら摘み食い分の藪イチゴには発光は及んでいなかったから、【猩々】の誤爆は生じなかったようだ。緊急修正が間に合ったという事なのだろう。
これで自分の役目は終わり――と、そう思っていたシュウイであったが……ペンチャン村の村人たちは、そんな不人情な真似はできなかったようだ。
「お疲れさん。無理言って悪かったね」
「いえ、自分の身にもなる事ですし。良い経験でした」
単なる社交辞令ではない、シュウイの偽らざる本心であった。
何しろこの件に関わったお蔭で、【猩々】を筆頭に複数のスキルが大きく成長した上に、ツリーフェットやズートとの友誼も改めて深める事ができた。その余勢を駆って、ズートの完熟果実をはじめとする幾多の素材まで入手できた。剰え、「芋虫鉱山」の件で良からぬ事を企んでいた手配犯を一網打尽に捕らえた挙げ句、その手配犯どもからも複数のスキルを没収できたのである。
これが〝良い巡り合わせ〟でなくて何だと言うのだ。
内心でニコニコしているシュウイに対して、アラベラもまた微笑みを返す。そして――




