第百五十一章 ペンチャン村滞在記(八日目) 4.花咲く森の中(その2)
さて……思いがけない場面で思いがけない選択を迫られたシュウイであったが、〝何故〟こんな選択画面がポップしたのかの追求はまるっと放り捨てていた。抑現場で悩むようなものでもないし、こういう事案は頼れるβプレイヤーたちの管掌である。この場で自分が頭を悩ますべき案件ではない。
斯様に割り切ったシュウイであったが、件の質問にどう答えるかについては、常に似ず一頻り悩む事になった。それというのも……
「う~ん……食糧確保の見地からは『Y』を選ぶべきなんだろうけど……それを選ぶとミツバチがなぁ……」
SROでは珍しくない事だが、提示された選択肢には、〝採蜜〟の程度が示されていない。どれだけの花からどれだけの蜜を採集するのか、一部だけなのか根刮ぎなのか、その辺りがまるで不明なのである。
こんな状況で迂闊に「Y」を選択して、花蜜を根刮ぎ収奪するような事になったらどうするのか。
ミツバチの蜜源が無くなって、蜂蜜の供給に支障を来すだけでなく、受粉と結実が妨げられた結果、香辛料や薬の素材までもが不足する……などという事態に発展する事だって考えられるではないか。
「……SROの運営ならそれくらいのトラップは仕込みそうだしなぁ……」
普通に考えれば、採蜜量が指定できるのではないかと思われるが、そう決めてかかっていいものか。何より根刮ぎになった場合の影響が大き過ぎる。
然りとて、折角の機会を無駄にするのも……と懊悩していたシュウイの目の前に、ジュナがヒョコリと姿を現した。
「ジュナ……?」
訝るシュウイの目の前で、任せろと言うように胸を叩く小さなズートレント。
何をするつもりなのかと怪しむシュウイに、ジュナが以心伝心でイメージを送って来たのを見れば、
「え……? 花粉媒介? そんな事できるの?」
ズートレントの能力なのか、ジュナは花粉の媒介ができると言う。もしもそれが可能なら、最悪花蜜を根刮ぎにしても、リピリの受粉と結実だけは保証できるかもしれない。ミツバチの餌を奪ってしまうのは避けられないが、開花は今日一日だけの事ではないだろうから、後日に咲いた花から蜜を得る事はできるだろう。
そう思案を纏めたシュウイは、ジュナの花粉媒介に命運を託し、思い切り良く「Y」をタップした。
「……ま、そりゃそうだよね、さすがに」
さすがに全ての花から蜜を強奪するような理不尽な設計にはなっておらず、指定した範囲内の花から採蜜するようだ。なのでシュウイは、少しずつ範囲を絞って蜜を採り、その範囲の花の受粉をジュナに頼むようにした。ジュナがどこまで花粉の媒介を熟せるのか、その限界も判っていない状況では、それが賢明な選択であったろう。
結果的にシュウイは全体の三割ほどの花を対象にして、小さな試験管に三分の一ほどの蜜を得る事に成功した。
そして……
「……何でこんな事ができたのか不思議だったけど、いつの間にか【採蜜】ってスキルを拾ってるな。拾った切っ掛けとか詮索するのは後にして……【等価交換】? ……何だこれ?」




