第二十四章 トンの町 9.市場
ナントさんの店を出て市場の方へ歩いていく。シルの好物である果物は大抵露店で買っていたから、市場の方へはあまり行った事がないんだよね。売り物を鑑定しながら――これってマナー違反にならないよね?――ぶらぶらと歩いていると、ひょっこりと知り合いに出くわした。
「今日は、シュウイ軍曹」
「お久しぶりであります!」
「いや……久しぶりかもしれないけど、何? 軍曹って?」
ばったり出くわしたのはメイとニアの二人だ。南のフィールドで一緒に狩りをして以来だから、三日ぶりか。久しぶりって程じゃないよね。
「南のフィールドでのブートキャンプが厳しかったから」
「鬼軍曹だよっ!」
「え~、結構手緩かったんじゃないかなと、反省してたんだけど……」
「「冗談!」」
相変わらず呼吸がピッタリ合ってるな~。それはいいけど……
「メイの傍にいるのは、あのときテイムしたプレーリーウルフだよね?」
なぜか尻尾を巻いてメイの後ろに隠れてるんだけど……従魔としての自覚が足りないんじゃないの?
「何だったら、ウルフの再特訓に協力するけど?」
行き掛かりってものがあるし、僕としては厚意からそう提案したんだけど……
「普段はちゃんと勇敢に働いてくれるから!」
「殲滅者相手はちょっと厳しいだけだと思う……多分トラウマも刷り込まれてるだろうし」
「ジェノ……殲滅者って、僕の事?」
「二つ名スレで大人気だよ~」
「まだ、決定的な二つ名は決まってないみたいだけどね」
「……何でそんな事になってるのさ?」
二人が何か余計な事を吹聴したのかと思ったけど違うらしい。
「あんな派手なPvPやらかしておいて、なぜかは無いでしょう」
「惨殺王子っていうのも有力候補の一つ!」
……残りの候補を聞くと気が滅入りそうだったのでやめておく。
「二人とも買い物?」
「うん! シュウイ軍曹は?」
「軍曹って言うのやめてよ……僕もだけど、【鑑定】を鍛えるのも目的なんだ」
そういう事にしておこう。全くの嘘でもないし。
「あ~……そうか、シュウイ君はそうやって【鑑定】を鍛えてたんだ」
相変わらず誤解してるみたいだ。【魔獣鑑定W】の事を知らないなら無理もないけど……僕もボロが出ないように【素材鑑定W】のレベルを上げておかなきゃ。
「市場でやるのは初めてだけどね」
しばらく話しながらぶらぶらと歩いて行く。二人ともレベルは5に上がったらしい。従魔であるプレーリーウルフのレベルも5に戻ったそうだ。
「だから、そろそろナンの町に行ってみようかと思って」
「旅支度!」
「あ~、そうなんだ」
僕の時はケインさんたちが全部準備してくれたからなぁ……。あの時の記憶を遡って、買っておいた方が良い物についてアドバイスしておく。ケインさんたちの受け売りだけどね。あ……そうだ。
「二人とも、良かったらこれ、持って行く?」
アイテムバッグからボーラを取り出す。
「これって……」
「シュウイ君がプレーリーウルフを狩る時に使ってた飛び道具よね?」
「うん。投げるのに大したスキルはいらないし、傷つけずに捕らえるのにも便利じゃないかな?」
「欲しいけど……貰っていいの?」
「うん。軍曹の僕としては担当した新兵に対する責任があるからね」
「……それじゃあ、新兵としてはありがたく貰っておくわね」
「サンキュー、サー!」
僕のアドバイスに従って、買い忘れていた物を揃えるという二人――一応ナントさんの店を紹介しておいた――と別れて素材を見ていると、瑞々しい果物を売っている店があった。懐のシルがごそごそと動き出す。お前、懐に隠れているくせに、よく判るね。運営からのお墨付きを貰ってから、シルには好きな物を食べさせている。ちゃんと蛋白質も食べるんだよね……甘海老とかイクラとか白子とか……。シルは左党なのかな。お酒は飲ませないけど。
まぁ、シルが欲しがっているんなら買っておこうとして、ふと見た僕の目の前に浮かんでいるウィンドウの文字。
【素材/食品アイテム】スパークリングオレンジの果実 品質B レア度2
生食するほか、ジャムやソースの素材としても用いられる。
特殊スキル【抽出(特殊)】によってビタミンを抽出できる。
「おい、坊主、どうした?」
果物を見て固まっていたら、店のおじさんが心配したように声をかけてくれた。
「あ、いえ、美味しそうだから買っていこうと思っているんですが……どれくらい日持ちするものかが判らなくて……」
「なんだ、そういう事かい。……まぁ、美味く食べられるのは五日程度だな。それを過ぎると少し萎びちまわぁ」
「そうですか……じゃあ、とりあえず五つほど貰えますか」
「あいよ、毎度あり」
ひとまず果物を買って店を離れる。こういう素材が対象だとすると、ナントさんの言うとおり食材を中心に見て回った方が早いのかも知れない。そう思って食材を鑑定して歩いていると……
【素材/食品アイテム】昆布 品質B レア度3
食材となるほか、出汁をとるのにも使う。
特殊スキル【抽出(特殊)】によって旨味成分を抽出できる。
うん……味○素だね……。
そろそろ暗くなってきたし、今日の収穫としては充分だろう。一旦宿に引き上げるとしよう。




