第百四十九章 その頃の彼ら 3.テムジン(その2)
納得はできるのだが……それを拱手傍観して済ませる事ができるかと言うと、それはまた別の問題である。
特殊鋼開発を目指す者として、魔鉄生成のノウハウは身に着けておきたい。となれば、魔鉄の原料となる――と言うか、原料に向いた鉄鉱石は、是非とも入手しておきたいところ。シュウイの厚意で、サンプルとしての鉱石は幾つか貰えたが、それでは到底足りそうにない。
シュウイからのメールに拠れば、ペンチャン村にはそれ用のイベントも用意してあるのではないかというが……生憎な事に自分は今、ナンの町復興に関わる依頼の真っ最中。勝手に持ち場を離れる訳にはいかない。
(とすると、入手の方法は取り引きしか無い。……製錬済みの鉄インゴットと交換してもらえるよう、シュウイ君に仲介を頼んでみるか?)
悪くない案のように思えたが、問題はその〝交換用の鉄インゴット〟である。
さっきも言ったように、今はナンの町復興依頼の真っ最中。製錬した鉄は全てそちらへ廻す事になっているから、交易に廻せる鉄など余っていないし、そちらに割けるリソースも――原料・労力・時間の何れにおいても――存在しない。
「となると……今はとにかく依頼を終わらせるのが先か」
何はともあれ、ナンの町復興用の鉄材供給依頼、これを終わらせない限りは始まらない。どうせそろそろゲーム的にも何かの進展がある筈だし、そっち目処が付くまでは、取り引きの話は持ち出さない方が良いだろう。
そう考えて依頼遂行に邁進していたところ、夜になって三度目のメールが届いた事で、テムジンの思惑はまたしても引っ掻き廻される事になる。
「【魔力浸潤】……? そんなスキルが必要なのか?」
シュウイからの報告を読んでも、今一つ事情が解らない。尤も、当のシュウイも理解ができずに困惑しており、明日にでも識者たちに訊ねてみると書いてあったが。
「その前に、こちらでもやれる事はやっておくか……」
さすがに掲示板に質問を上げるような真似はしないが、掲示板情報を漁るくらいは問題無い筈。そう思ってスキル関連の掲示板を巡回してみたのだが、めぼしい情報は得られなかった。唯一上げられていた報告に拠ると、
「【魔力操作】の上位派生スキルか……」
とあるプレイヤーの報告に拠ると、【魔力操作】のスキルを上げていたところ、【魔力浸潤】のスキルを取得するかと問うメッセージが現れたのだという。
恐らくはスキル枠の余裕を慮っての事だろうが、戦闘系の魔法職であったそのプレイヤーは、スキル名から推測して当面は必要無い――少なくとも、なけなしのスキル枠と引き換えにする程の魅力は無い――と判断し、スキル取得を見送ったらしい。
スキル名から判断して、鍛冶や調薬などの生産職なら有効に使えるのではないかとの考察も添えてあったが、検証班もそこまで手が廻っていないようだ。……まぁ、使役職絡みで検証待ちの案件が目白押しの上、「ラビット・パーティ」――別名〝ウサギさんチーム〟――が人力飛行だの人間大砲だのの人体実験を進めており、そっちにも手が取られているという噂もチラホラ聞くし。
実際にシュウイからのメールにも、ポーションの作製に【魔力浸潤】が使えるのかどうか、バランドに確認してはもらえないかとの文言が添えられていた。これについては明日にでも、何とか暇を見つけて訊きに行くつもりである。
「と言うか……以前バランド殿からは、〝基礎的な〟スキルを磨く事に専念しろというアドバイスを貰っていたが……ひょっとして、これの事なのか?)
【魔力浸潤】自体は【魔力操作】の上位派生スキルだとしても、鍛冶や調薬、或いは錬金術といった生産系アーツにおいて、何かを作る時に使われるのなら、それは〝基礎的な〟スキルだと言えない事も無い。シュウイの報告に拠れば【堆肥作り】にも関わっていそうだし、汎用されているのは間違い無さそうだ。
……であれば、やはりこれは〝基礎的な〟スキルと見做していいのではないか。
バランドというNPCからのアドバイスは、見ようによっては運営からのヒントであるとも受け取れる。テムジンは――運営の意向とは裏腹に――【魔力浸潤】の、そしてその基となる【魔力操作】の取得に思いを巡らせるのであった。
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。




