第百四十八章 ペンチャン村滞在記(七日目) 11.運営管理室~SRO特殊人災対策分室縁起~
長の懸案となっていた問題が片付いたところで、些か蛇足めいてはいるが、〝開発部からの出向人員〟について少し触れておこう。
抑の始まりと言うか直接の切っ掛けとなったのは、運営管理室の室長である木檜が、亘理が作りそびれた可能性のある邪道レシピ補填のため、開発部から人員を引っ張ってこようと画策した事にある。
その件が上層部に伝わった事で、予てから懸案となっていたある計画が、一気に動く事になったのである。
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「『SRO特殊人災対策分室』……?」
「何ですかそれは? ……いや、何となく何なのか解るような気もしますが」
怖々とした中にも或る種の諦観を滲ませて訊ねるスタッフたちを見廻し、木檜は大きな溜息を一つ吐くと、予定調和的なその解答を口にする。
「お前らが薄々察しているとおり、〝SRO内における特定の人物が引き起こす事態〟に対処するための部署だ。……敢えて具体名は出さんがな」
――出すまでも無い。CANTEC社が態々新部署を設置してまで対処する必要のある事態をSRO内で引き起こすようなキャラクターなど、指折り数えても片手で足りる数しかいないし、突出して問題となっているのは一人だけである。
……まぁ、「人災」の筆頭はシュウイであるが、これに次ぐ形でテムジンと瑞葉が要注意人物に指定されている。また、喫緊の案件として「鈴の課題曲問題」を抱えたモックも、その範疇に入っているかもしれない。
「しかし……そんな部署を設けたなんて事が公になると、色々拙くありませんか?」
「当然だ。だから公式には存在しない部署になる」
問答無用とばかりに切って捨てた木檜の態度に、スタッフ一同はおぉっと響く。遂にイリーガルなセクションを設立するまでに至ったのか。
だが、そういった――或る意味で暢気な感興を抱いていられたのも、木檜が次の言葉を発するまでだった。
「機密保持の観点から、件の分室は運営管理室に設置される事になった」
理解を拒否するかのように寸刻黙り込み……そして暴発するスタッフたち。
「――って! 俺らの誰かが担当するんすか!?」
そんな暇があると思っているのか、誰が担当するんだろう、自分でないといいな……などという内心を、或いは表に出し、或いは裡に秘めて騒ぎ立てるスタッフを、どこか据わった目で睨め付ける木檜。
その迫力に押されたのか、やがてスタッフたちも静まり返る。そのタイミングを見計らったかのように、木檜が短い一語を口にする。
「――違う」
「……どういう事です?」
「ここが対策分室なんだ。つまり兼任って事だ」
「はぁ……?」
「要はこれまでと何も……ほとんど変わらんという事だ。……実際問題としては、な」
「……どういう事ですか?」
セカンドチーフの大楽が皆を代表して問うたのに、溜息を吐いた木檜が答えたところによると……
「風評被害の件を憶えているか?」
「風評被害?」
「あ……そう言えば……」
「『スキルコレクター』がやらかしたPvPの件か……」
「それだ。あの件で営業部がこっちにクレーム……と言うには低姿勢だったが、要するに風評被害の懸念を伝えて来ただろう」
木檜が説明されたところによると、あの件が上層部で問題になったらしい。
とは言っても、問題のあるプレイヤーをどうこうすべしと言うのではなかった。そうではなくて、プレイヤーに端を発した問題が、運営管理室や開発部だけでなく、営業部まで巻き込んだ事を危惧したらしい。
今後もこのような事態が――そうあってほしくはないと切実に願うものの――起こるとすると、問題の波及する範囲が広くなり過ぎて、運営管理室に一任するには荷が重いだろう。寧ろこれは、関連部局を横断する形で特別対策室を立ち上げた方が良い。
――と、そこまでは割とスムーズに話が進んだのであるが……やはりこの「対策室」が管掌する業務の内容が、何と言うか人聞きが悪過ぎる点が問題になった。対策室の必要性は認めるとしても、それは非公然部局として開設するのが無難であろう。
となると……これまでの実績に鑑みて、運営管理室の面々をこのペーパー・セクションに充てるのが望ましい。他部署との調整に関しては、運営管理室ではなく対策室として調整に当たる事にする。
「……要するに現状の追認ですか」
「新たにゲットしたものもあるぞ? 人員の追加は決まっている。実際の配属はもう少し後になる予定だが」
「……誰が来るんですか?」
「檍の奴だ。若いとは言え古馴染みだから、気心も知れているだろう。……まぁ、人員の補充と引き換えに、分室の案件を呑まされたんだがな」
「……思うところが無い訳じゃありませんが、まぁよしとします」
「他にもあるぞ? OBの手配を頼んでおいた」
「OB?]
「亘理の事だ。探し出すよう強く要望しておいた」
「それは……本日一番の朗報ですね」
「『運営管理室』としてはどうにもならなかったがな。『SRO特殊人災対策分室』という肩書きを貰った事で、人事に要請を出す事ができた。……可能な限りの手を尽くしてくれるそうだ」




