第百四十八章 ペンチャン村滞在記(七日目) 4.ペンチャン村酒造り事情(その2)
……などと、酒の亡者どもが善からぬ合意に達しそうになった時、
「何を手前勝手な事ほざいてんだぃっっ!!」
――アラベラの雷が炸裂した。
抑これは――呑み助どもの言うとおり――シュウイのスキルアップを狙っての練習なのだから、万全を期すためには、実際の御神酒造りと同じか、せめて可能な限り似通った手順で練習させるのが吉である。迂闊にエールなどで練習した結果、安エールみたいな御神酒ができたらどうするのか。
アラベラの剣幕に恐れを成した呑兵衛どもが尻尾を巻いて口を噤んだ事で、シュウイの〝練習〟は今朝方に採っておいた藪イチゴを対象とする事に決まった。どうせ最初はお試しなんだし、少量でも問題無いという事らしい。
(う~ん……NPCとは言え、大勢が見ている前での演舞というのは、やっぱり緊張するなぁ)
【猩々】の舞それ自体はオートで身体が動くので、失敗する虞は低いとは言え、その動きはシュウイ……いや、歌枕流継承者である巧力蒐一の目から見てもどこかぎごちない。恐らくはレベルの上昇につれて、舞の動きもスムーズになるのだろうが、そんな未熟な舞を公衆の面前で披露するというのは、これは中々に決まりの悪いものがある。
(モックの気持ちが、少しだけ解るなぁ……)
ともあれ、この期に至ってはもはや是非も無しと肚を括り、拙い舞を舞っていくが……観衆の目は全て祝福の対象となる藪イチゴに注がれている。幸か不幸かシュウイの拙い舞など、端から眼中に無いようだ。
(別にじっくり見てほしい訳じゃないけど……これはこれで、何かムカつくな)
複雑な感興を抱えたままにシュウイが【猩々】の舞を終えると、目の前に置いてあった藪イチゴの一山が淡く発光し、首尾好く祝福がかかった事を示した。
それを見届けた造り酒屋の主が進み出て藪イチゴを【鑑定】し、確かに品質が向上している事を確認する。尤もその向上の度合いは、〝誤差の範囲〟を漸く脱したという程度のものらしいが、それでも【猩々】の祝福によって、酒造原料としての品質が向上したのは事実である。ただ、できた酒にそれが反映されているかどうかは、実際に造ってみるまで判らないそうだが。
直ぐに醸造に取りかかって、一応明日まで経過を観察し、結果次第では遠出してでも藪イチゴの大量確保を目指そう……と、村人たちが相談している傍らで、シュウイは別の事を考えていた。
先程小耳に挟んだのだが、どうやらワクワクの実は酒造原料として打って付けらしい。ならば取り引きの対象としても優秀なのではないか? 喉飴の材料にもなるのだし、これは時間が空いたら明日にでも、もう一度森へ入って追加で採集しておくべきか……
――などとつらつら考えていたところで、シュウイは一つの懸念に思い至った。
(……僕がこの村を出てったら、【猩々】によるグレードアップも無しになるよね? その後はどうするつもりなんだろ?)
無いとは思うが、今後も定期的に祝福を依頼されると面倒だ。別にこの村に含むところは無いが、今後の行動計画に制約が付くのは避けたいというのが本音である。しかしそうなると、今後〝祝福された〟原料が手に入らないという事になる。そのせいでペンチャン村の評判が下がったりはしないのか? 〝祝福を失った村〟などという悪評が付くのは、況して自分が原因でそんな事になるのは寝覚めが悪い。
シュウイがアラベラに向かってその懸念を口にしたところ、
「何、そんなもなぁ期間限定の特別品とでも銘打っときゃ、何とでもなるさね」
思った以上に強かな村人に、シュウイは胸を撫で下ろすのであった。




