第百四十一章 運営管理室~惜しみなくAIは(運営の平穏を)奪う~ 6.先駆けの憑喪神
何か化かされたような気もするが、少なくとも事態が以前より悪化した訳ではない……ような気がする。だったら、殊更に騒ぎ立てる事も無いだろう。
「それに考えてみれば――だ、『見習い保安官』にしろ『治安の執行者』にしろ、他のプレイヤーが取得する可能性だってある訳だ。いまここで変に弱体化させると、後々で面倒な事になるかもしれないぞ」
「…………だな」
「要は『スキルコレクター』の彼がジョブと称号をゲットしたためにややこしい事になってるだけで、【スキルコレクター】をどうこうする事ができない以上、我々としても干渉はできない訳だ」
「うむ。ジョブと称号を入手した時の経緯も、全く以て妥当なものだったしな」
「よし、この件はこれで終わりとして、次の問題に取りかかろう」
力業で手仕舞いにしたような感が無きにしも非ずだが、実際問題として手の打ちようが無い以上、他の問題の検討に移るのが建設的というものだ。
「で……トリはやはり『憑喪神』か」
「とうとう覚醒しちゃいましたねぇ」
シュウイの杖がその気配を見せ始めた頃から、孰れこの日が来るだろうと覚悟はしていたのだが……実際にこうしてその日を迎えてみると、予想した以上に感慨深いものがある。
「……と言うか、溜息しか出ませんね」
「こっちが心血注いで作り上げたロードマップを、見る影も無い程に壊してくれましたからねぇ……」
「憑喪神だって本当は、もっと後になってから覚醒する筈だったのに……」
運営の悪巧m……想定では、プレイヤーは自身の成長につれて順次武器を買い替えていく筈で、それはつまり〝長く使い続けた道具に魂が宿る〟という憑喪神の設定と相反するものの筈であった。ゆえに、憑喪神が目覚めるのはずっと後になる――と予測していたのだが……その甘い想定をものの見事に引っ繰り返したのがシュウイであった。
【スキルコレクター】の制約で武器スキルを取得できなくなったシュウイは、リアルで身に着けた歌枕流の古武術を頼みとしてSROライフを送るしか無くなった。そこでシュウイが得物に選んだのが、何の変哲も無い木の杖であった事から、常識に縛られた運営の想定が崩れ始める。
武器スキルが使えない以上はレベルアップの恩恵など無い訳で、だったら得物を買い替える必要も無いとばかりに、シュウイは杖一本を頼みとして数多のモンスターを屠り続ける事になった。言い換えると、莫大な経験値をその――何の変哲も無い――杖に注ぎ込む事になったのである。
……こうして、シュウイの与り知らぬところでひっそりと、憑喪神化のプログラムが走り出す事になった。
「記念すべきSRO最初の『憑喪神』が、まさか単なる木の杖になろうとは……」
「〝お釈迦様でもご存知あるめぇ〟――ってか?」
「少なくとも、上層部が〝ご存知なかった〟のは確かだな」
「しかし……経験値をしこたま注ぎ込んだせいなのか、能力としては中々のものだぞ」
「【打撃力上昇】【耐久力上昇】【操作性向上】、極め付きが【魔法攻撃無効】か……」
「おまけに『先駆けの憑喪神』なんて称号も貰ってるし」
「酷いぶっ壊れアイテムを見た気がする」
「少なくとも、序盤で出てきていいようなアイテムじゃないよなぁ」
「いや……それを言うなら抑あのプレイヤー自体が、〝序盤で出てきていい〟ようなプレイヤーじゃないだろう」
「あぁ……どっちかと言えばラスボス扱いが相応しいよな……」




