第百四十一章 運営管理室~惜しみなくAIは(運営の平穏を)奪う~ 4.空間魔法の影(その2)
【大道芸】――一種の素地スキルや補助スキルのような性格を持ち、芸能スキルを拾い易くなったり、その成長促進に寄与したりという効果がある。
そして……言うまでも無く「手品」というのは、そういった芸能スキルの一つに数えられる。つまり……
「……彼は【大道芸】の後押しも受けるという事か……」
「……『遊び人』も何かのアシストをしてくるかもしれんぞ?」
「事象の発生確率に干渉するジョブだからなぁ……」
ずーんという鬱陶しい擬音が聞こえてきそうな空気の中、沈滞を切り裂く流れを作ったのは木檜であった。伊達に管理職には就いてない。
「中嶌、その『手品』タグだが……【アイテムボックス】にも付いているのか?」
【アイテムボックス】は収納系のスキルだが、空間魔法の中では例外的なノンレアスキルである。プレイヤーの便宜を考えての事だが、〝コモンスキルよりもレアスキルを優先して蒐集する〟という【スキルコレクター】の性質を考えると、空間魔法スキルの蒐集において、唯一【スキルコレクター】の裏を掻く事ができそうなスキルでもあった。
そして……そうと気付いた一同の顔が、俄に期待に満ちたものとなる。
判定や如何にと待ち構える管理室スタッフにもたらされた答えは、
「いえ……【アイテムボックス】には『手品』タグは付いていません」
――というものであった。
「よぉっしゃあっっ!!」
「これでどうにかなるかもしれん」
「うむ、何とか希望が見えてきたってもんだ」
「しかし……できればもう一つくらい念を入れたいな」
「あぁ、不確実性の申し子みたいな、あの『スキルコレクター』の事だからなぁ」
「なぁ、他の空間魔法に付いてるっていう『手品』タグだが、そいつを外す事はできないのか?」
「確かに……そうすれば安全性は一段上がるな」
「どうなんだ? 大楽」
話を振られたサブチーフの大楽は、難しい顔で考えていたが、やがて頭を振って却下する。
「……放出済みのスキルのタグを変更するなんて真似は、さすがにできん。既に誰かに取得されたものもあるだろうし、それを後付けで変更したりすると、どんな不整合が生じるか予測できんからな」
既に空間魔法のスキルを取得したプレイヤーがいる場合、取得プロセスのログを改竄する訳にはいかないので、今更タグをどうこうはできない。取得者のスキルだけタグをそのままに、まだ拾われていない分だけ変更する……というのも、事情が明らかになった場合に火種となりかねない。
そう諄々と説明されれば、一同溜息を吐きつつも肯んじるしか無い。
「まぁ……そうだろうな」
「だが、放出前のスキルについてなら、一考の余地はあるんじゃないのか?」
「それはそうかもしれんが……中嶌?」
「はい、えぇと……未放出の空間魔法スキルは幾つかありますが……駄目ですね。『手品』タグが付いているものはありません」
「……逆に言えば、『手品』タグが付いている空間魔法スキルは、既に放出済みという事だな」
一同深い溜息を吐いたところで、余計な事を言い出すのが徳佐という男である。
「けど……逆の事はできるかもしれないな」
「逆の事……?」
「何だそれは?」
何しろ発言者が発言者なので、警戒の色を露わにしつつも、つい聞き返してしまうスタッフたち。仮令それが藁しべであろうと蜘蛛の糸であろうと、縋れそうなものがあれば縋り付きたい……というのが、今のスタッフたちの偽らざる本音である。
「いや……『手品』タグを付けたスキルを散撒いて稀釈してやる事で、本命の空間魔法の拾得確率を下げてやる事はできるんじゃないかな――と」
「「「「「………………」」」」」
――この提案は満場の沈黙を以て迎えられた。




