第百四十一章 運営管理室~惜しみなくAIは(運営の平穏を)奪う~ 3.空間魔法の影(その1)
「で……治療クエストの開始となった訳だが……」
「ズートレントが従魔になってるとは言え……」
「最初からかっ飛ばしてくれたよなぁ……」
「それも、思いっきり斜め方向に」
ズートの木の診断をズートレントが受け持つというのは、そりゃ確かに適役には違いないだろうが、一般的に想定される診療プロセスではない。インフォームド・コンセントをツリーフェットの通訳によってクリアーしたのはまだしもの事……いや、傷口の保護にデスヘッド幼虫の粘球を用いたのも百歩譲って認めるとしても、
「病巣の切除に『メビウスの壁』って……」
「普通は考えたりしないよなぁ……」
「いやまぁ、損傷を最低限に抑えるという意味では、確かに最適解ではあるんだが……」
深い部分にまで及んでいた病巣を切除するのに、外側から削っていっては健常部分まで巻き添えになるとして、シュウイは内部で洞になっている病巣部分に直接アプローチする事を試みた。そこで使われたスキルというのが、【空間魔法】の一スキルである【メビウスの壁】なのであった。
閉鎖空間への侵入はできないという【メビウスの壁】の制約を迂回するために、態々細い孔まで穿ってのスキル登用である。
その結果、治療は首尾好く成功して、治療クエストは成功裡に終わった。それはいい。
問題なのは……
「【メビウスの壁】の応用に成功した事がトリガーとなって、新たな空間魔法スキルである【クラインの洞】を拾った事だろう」
むっつりとした表情で大楽が言い切ると、居並ぶ全員から溜息が漏れた。
「彼が【メビウスの壁】を取得した時点で、その上位スキルである【クラインの洞】を取得する事も想定――と言うか、覚悟――はしていた。だとしても……
「〝チート〟呼ばわりされても仕方のないアーツだからな、【空間魔法】というのは」
「ま、それだからこそ、アーツとして纏めてキャラクリで取得する事は、できないようになってるんだが」
「各スキルを地道に、一つずつ習得していくしか無い訳だからな」
個々のスキルはレアスキル扱いで、そう簡単には拾えないようになっているのだが、
「類友称号っていう伏兵がいたからなぁ……」
「迂闊と言えば迂闊な話だが、両者を結び付けて考えた事が無かったよ、俺は」
「しかも、称号の効果は幸運値依存だろう。彼の幸運値は並みじゃないぞ?」
「あれやこれやの効果が重なってるからなぁ」
その〝あれやこれや〟の一つである『神に見込まれし者』称号――効果はイベントの間LUCの値が10上昇し、VITの値が5を切る事が無くなる――を与えた木檜に全員の視線が突き刺さるが、木檜はしらりと知らぬふりを決め込む。これくらいの芸当ができないようでは、運営管理室のチーフなど務まらない。
そんな空気を一変させたのは、怖ず怖ずとした中嶌の発言であった。
「あの……申し上げにくいんですが……他にもブースト要因があるかもしれません」
「「「「「――!?」」」」」
木檜も含めた全員の視線が、一斉に中嶌に襲いかかる。その圧力に寸刻身を強張らせたものの、意を決したように言葉を続ける。
「その……今気付いたんですが、空間魔法の幾つかには、『手品』タグが付いています」
「『手品』タグ?」
「あぁ、確かに手品っぽいところはあるな。壁抜けとか」
「だからそれが……おぃっ!?」
何かに気付いたらしき大楽が血相を変えて詰め寄り、
「……そう言えば、彼は【大道芸】を持ってたな……」
どこか他人事のような口ぶりで、徳佐が不吉な解を口にした。




