第百四十章 ペンチャン村滞在記(四日目) 17.宿泊所自室(その3)
「【慣性制禦】って……SFっぽいけど、何でこんなスキル拾ったんだ? ……『慣性』なんか弄った憶え、無いんだけど……?」
眉根を寄せて暫く考え込んでいたシュウイであったが、やがてある事に思い至る。
「えぇっと、『慣性』って……物体が外力を受けない時、その物体の運動状態は変わらない……だったっけ。要は運動量が変わらないんだから、僕が木から木へ飛び移ってた時の事を考えると……」
木から木への跳躍移動を近似的な慣性運動だとすると、移動の間の運動量は保存される筈である。ところが……シュウイはこの時、跳躍に備えて身体を軽くせんものと、ジャンプ後に【ウェイトコントロール】を発動するという挙に出た。つまり、移動中に突如として質量が変わった訳である。その状態で運動量をそのまま維持しようとするならば、
「……確か『運動量』って、質量と速度の積だよね。だったら……質量が減った分だけ、速度は上がってたって事か……?」
逆に枝に着地する時は、MPを節約するために、【ウェイトコントロール】を切っていた。つまりシュウイの質量は原状に復帰した訳で、それに伴って速度も低下していた可能性がある。
「……実際にそういう事が起きるかどうかじゃなくって、ゲーム的な処理としてはそう扱うって事なんだろうな。……そうすると……等速直線運動の原則が引っ繰り返る訳だから……慣性を変化させた事に……なるのかな?」
些か過大な解釈ではないかとも思うが、スキルとしての伸び代を確保しておきたいというのであれば、大袈裟な命名にも頷けない事は無い。
「……まぁいいや。運営の目論見をあれこれ詮索するより、与えられた状況の中で最善を尽くすのが、正しいゲームプレイってもんだよね」
――その〝最善を尽くす〟行動の結果、運営サイドが甚大な被害を被っている事など考えもせず、シュウイは検討を先へ進める。
「【クラインの洞】って……何だろ? 名前からして【メビウスの壁】と似た臭いがするんだけど……」
――位相幾何学の雑知識として屡々取り上げられる「メビウスの帯」或いは「メビウスの輪」、その――三次元空間では実現不可能な――拡張版とも言えるものに、「クラインの壺」というものがある。【メビウスの壁】が位相幾何学に想を得たスキルであるならば、響きの似た【クラインの洞】もそうではないかと類推するのは容易である。だとすると、恐らくは閉鎖空間内に透過・侵入するためのスキルではないかと思われるが……
「【メビウスの壁】がそうだったし、簡単には解放できないスキルじゃないのかな。だったら、今ここで悩んでても仕方がないよね」
――と、あっさり恬とスルーを決める。そうすると、後に残るは……
「【空腹】かぁ……説明文には〝空腹になるスキル〟としか書いてないんだよね、これ。名前からすると地雷っぽいんだけど……ここの運営のする事だしね。幸い未解放のままだし、これも明日確認してから考えよ」
スキル欄の次にシュウイが目を遣ったのは称号の欄であった。『ズートの親愛』が『ズートの敬愛』に上書きされているのはまぁいいとしよう。『類猿人』という称号を拾ったのも――些かならず運営に物申したいところはあるが――【猿飛】と【腕渡り】を揃えた結果と思えば、納得できない事もない。
しかし……
「……『類は友を呼ぶ』って何だよ?」
何となく地雷臭めいたものを漂わせる名前である。これは放置しない方が良さそうだ。
そう思ったシュウイはログを確認してみたのだが……
「この称号を拾ったのって、【ろくろ首】と【通臂】がLv3に上がった時か。……という事は、関連性とか類似性のあるスキルを揃えるのが取得の条件かな? だとしたらその効果も、関連するスキルが揃い易くなるとか? ……これって案外、【スキルコレクター】とも相性の良い称号なのかも」
……などと、運営管理室の面々が聞いたら荒れ狂いそうなコメントをほざいていた。しかも悪い事に、シュウイの予想は当たっていたりする。この称号の効果は正に、〝既に所持しているスキルや称号、アイテムなどと似たようなものを入手する確率が微上昇する〟というものであった。ついでに言えば、称号の効果は幸運値に依存する。
……運営が悲憤慷慨・阿鼻叫喚の様に陥るのが目に見えるようである。
だがしかし、哀れな運営スタッフの事など思慮の外に置いたシュウイは、黙って次の新参称号に目を移す。いつか来るだろうなと覚悟していたその称号に。
「『憑喪神の主』かぁ……」
――そう。
予てサンチェスから予告されていたとおり、シュウイの杖はこのたび目出度く「憑喪神」へのランクアップを果たしたのであった。




