第二十四章 トンの町 3.運営管理室
「木檜さん、『マーリンの薬匣』が持ってかれました……」
中嶌という若いスタッフの言葉に、運営管理室のチーフである木檜はギョッとしたように振り向いた。
「何だと!? 何があった?」
珍しく狼狽えた様子で聞き返す木檜に、しかし中嶌は淡々として答えを返す。まるで当然の事だと言わんばかりに。
「木檜さんご贔屓の『トリックスター』の少年です。トンの町東のフィールドであっさりと『盗賊の住居跡』を発見して、あとは流れるように洗い浚いかっ攫っていきました」
「もう東のフィールドに行ったのか! しかし……なぜ住居跡を見つける事ができた?」
トンの町の東のフィールドの奥にある「盗賊の住居跡」は、第一の町という立地にありながら強力なモンスターが跋扈するため、初心者が立ち入る事はほとんど無い筈である。一方、この場所で狩りができるレベルのプレイヤーはもっと先へ進んでいる筈だから、今更第一の町に戻る事は無いだろうと考えられていた。つまり、運営側の予想では、「盗賊の住居跡」が発見されるのはほとんどのマップが攻略された終盤になるだろうとされていた。「黙示録」が東のフィールドで狩りをした事すら予想外だったのである。
いかに「トリックスター」のシュウイと雖も、乏しい打撃力では東のフィールドの攻略は困難、まして「盗賊の住居跡」を見つける可能性は低いだろうと考えていた。
しかし、中嶌の報告はその予想を軽々と飛び越えていたのである。
「ログを見る限り、【虫の知らせ】と【落とし物】のコンボで『盗賊の住居跡』を見つけ出したようですね。あと、モンスターたちは、【地味】【擬態】【隠蔽】のトリプルコンボでスルーしてくれやがったようです」
中嶌の報告に、木檜は何も言う事ができなかった。【虫の知らせ】と【落とし物】のコンボ? そんな機能があったのか? いや、そんな事よりも……
半ば硬直したような木檜の様子を不審に思ったスタッフが、三々五々に集まってくる。彼らは中嶌から事情を聞いた後で、木檜に対して問を投げかける。
「木檜さん、『マーリンの薬匣』って、どういうアイテムなんです?」
「……『トリックスター』の候補だったアイテムだ。最終的には外されたが」
大楽の質問に対する木檜の素っ気ない答えに、一時室内が騒然となる。そんな物騒なものを、『トリックスター』の少年が更に入手したというのか。
「落ち着け。『トリックスター』の候補から外されるにあたって、『マーリンの薬匣』には面倒な起動条件がつけられた。種族レベル12以上で、かつ【調薬】か【錬金術】が中級の半ば以上に達していないと、箱を開く事はできん」
木檜の説明に一旦は落ち着きを取り戻す一同。しかし、手放しで安心できない者も無論いた。その一人である大楽が代表して懸念を表明する。
「しかし……あの少年は『トリックスター』です。何をやらかすか……」
「それが不安の種ではあるな……」




