第百四十章 ペンチャン村滞在記(四日目) 4.木実(きみ)の名は(その2)
熟々思い返してみれば、これまで素材と鑑定されたものの多くは、〝どのスキルを用いれば何が得られるか〟までが鑑定文に記してあったような気がする。なのにこの「ネイロの堅果」の場合、〝採油には【調薬】か【錬金術】のスキルが必須〟などと書いてあるくせに、具体的にどのスキルをどう使うのかについての記述が全く無い。これはどういう事なのか。
「……中級で使う素材については、そこまで手取り足取りじゃないって事か? あり得ない話じゃないけど……いや、加工に最低必要な量を満たしていないとか?」
……どちらの可能性もありそうな気がする。
事に後者、手許にあるのはたった一個の実に過ぎず、これだけではメンテナンスに必要な量が採れない、ゆえに手順を記す意味が無い――というのはそれなりに説得力がある。
う~むと考えこんだシュウイであったが、何とはなしに鑑定文を眺めていたところ、今度は別の事が気になりだした。
「この鑑定文……〝【調薬】か【錬金術】のスキルが必要〟になるのって、〝土中で冬を越した実から上質油を採る時〟だけなのか?」
サラリと流せば気付かないだろうが、態々段落を変えてあるのが怪しい気がする。あの運営が好みそうな罠ではないか?
そして……もしもそうだとすると、〝一冬越していない実から採油するのなら、【調薬】も【錬金術】も必要無い〟のではないか?
「芸能系のプレイヤー向けの素材だとすると……そういうプレイヤーが【調薬】とか【錬金術】を持ってる可能性って、多分だけど低いよなぁ」
村の薬師のアラベラ婆さんにでも訊けば、あっさりと答えてくれそうな気がする。だがその前に、自分で出来る限りの努力はしておくべきだろう。
「さて――そうするとネイロの木の実を探さなくっちゃね。土に埋まっているものと、木に生っているものの両方を」
シュウイは長い首を振り振り、ネイロの木の実探しに勤しんだ。その甲斐あってか、土中に埋まった「越冬堅果」の方は割と早く見つけられた――と言うか、実を拾った場所の近くに埋まっていた――のだが……
「う~ん……上級品の筈の越冬堅果は見つかるのに、普及品の筈の当年生堅果が見つからないのは、なぜなんだ?」
何とも理解しがたい自体に首を傾げる――その首は長いまま――シュウイであったが、事情はそこまでおかしなものではない。ネイロの堅果を埋めたのはリスやカケスなどの小動物であろうが、その際に母樹から離れた位置に埋めただけの事である。
少し考えれば解るであろうが、母樹の根元にその実を埋蔵したところで、リスやカケスにもネイロにもメリットは無い。運搬者たる小動物にしてみれば、母樹から離れた位置に別個の貯蔵場所を準備しておく方が、擬似的な餌場が増えるようなもので都合が好い。ネイロの方も、種子を遠くに運んでもらった方が、繁殖や分散の上でも好都合である。
……と、いうような生態学の知識を聞きかじった開発陣が、母樹と埋蔵場所を離して設置した訳である。
遅蒔きながらもそれに気付いたシュウイは、当ても無くネイロの母樹を探さねばならぬ羽目に陥った。……いや、別に義務でもクエストでもないのだが、ここでスゴスゴと引き下がるようでは、「冒険者」の名が廃るではないか。
……という心意気は買うが、実際の手懸かりはと言うと、堅果の現物と「ネイロ」という名前だけ。母樹の樹形も木肌も葉の形も判っていないのだ。畢竟シュウイとしては、実が落ちていないか地面に目を配りつつ。手近な木々を片っ端から【鑑定】していくしか無い訳で、効率の悪い事夥しい。どうせ今日一日は暇なのだし、腰を据えてノンビリ探すか――と、諦め半分に自分を慰め納得させていたところで、
「うん? 何かあった?」
――従魔たちと【虫の知らせ】が反応した。




