第百四十章 ペンチャン村滞在記(四日目) 1.森へ行きましょう
シュウイの長い活躍祭りの開幕です。
鍛冶場での仕事がオフになった日、シュウイは単独――と言っても従魔たちは連れているのだが――で村の外に採集に来ていた。実は昨夜のうちにエンジュとモックに同行するかどうかを訊ねたのだが、〝自分たちでは力不足だから〟という、(シュウイには)能く解らない理由で謝絶されていたのである。
「別に薬草とか採るだけなのに、力不足も何も無いと思うんだけどなぁ……お、あった」
村の薬師のアラベラ婆さんが教えてくれたところでは、回復薬の原料であるブット葉草とカット葉草は、生育環境の要求性は共通しているものの、決して同じ場所には生えないという。そしてその〝生育環境の要求性〟というのが……
「日当たりは好むけど強過ぎては駄目、風通しが好過ぎても乾燥し過ぎても駄目、適度な魔力と湿気を保っている事……って、随分と気難しい薬草だよなぁ……」
要は日当たりの好い林内を好むのだろうが、迂闊に林内に立ち入るとモンスターに遭遇する虞があるというので、村人たちは山林の際で採集する事が多いらしい。
林縁部だとあまり多くは採れないのだが、村では需要もそこまで多くは無いので、過不足無く間に合っているようだ。
しかし、【調薬】と【錬金術】――ともに邪道――のランクアップを狙うシュウイとしては、ランクアップ課題の素材である薬草は充分に、いやそれ以上に確保しておきたい。林縁でちまちま採集できる量では足らないのだ。況して、林縁であまり採り過ぎると、村への供給に差し障るではないか。
「つまり、林内への進入待ったなしって事だよね」
シュウイは一人ウンウンと納得したように頷くと、そのまま林内へと踏み込んだ。
実は運営の軽い嫌がらせの一つとして、プレイヤーは村の近くでは素材を得にくい仕様になっている。言い換えると、素材を落とすモンスターに出会す機会も、プレイヤーの場合は低くなっている。ただ、悪辣を以て鳴る運営であっても、薬草の類はそこまで発見率を下げてはいないので、林内に入れば必要量を確保できる見込みは充分にあった……見つける事さえできるのなら。
「う~ん……一見面倒に見えるけど、この生育条件って要するに、林冠ギャップを探せばいいんじゃないか?」
林冠を構成する高木が枯れたり折れたり倒れたりした場合、それまで日蔭になっていた場所にも光が当たるようになる。このような場所を(林冠)ギャップと呼び、日当たりを好む植物に生育の場を提供したり、それまでじっと被陰に耐えてきた稚樹に充分な光を届ける役割を果たす。……まぁ、小難しい理屈は抜きにしても、日当たりが好くなれば植物の生育も良くなるというのは、直感的にも理解できよう。
ともあれ、こうした「ギャップ」なら、〝乾燥し過ぎない程度に日当たりが好い〟という条件を満たすのではないか。
そう考えたシュウイは、林内でそういった場所を探そうとしたのであるが……
「……参ったな。思った以上に低木が茂ってて、見通しが悪過ぎる」
林冠が鬱閉した極相林などでは、林床に届く光が少ないため、草や低木はあまり茂らず見通しも良い。
しかしここの林の場合、村人たちが里山として利用してきたせいなのか、樹冠はそこまで茂っておらず、林内の日当たりもそう悪くない。必然的帰結として、草や低木がそこそこに茂っており、見通し距離が短くなるという結果をもたらしていた。
それでも、プレイヤーからのクレームを避けようとでもいうのか、低木の高さは人の背丈かそれを少し越える程度に抑えられており、背の高いプレイヤーならどうにか林内を見通す事ができた。
問題は……シュウイの背丈はそこまで高くないという事である。
リアルでなら、或いは少し前までなら、シュウイは口を極めて運営を罵った事であろうが、今のシュウイには余裕を持ってこの状況を打開する手立てがあった。
「ふふん、今までの僕だと思うなよ? いくぞ――【ろくろ首】!」




