第百三十九章 篠ノ目学園高校~昼休み~
「何でだよ!? まだ一ヵ月も先だろうが!」
「そうだよカナちゃん! どうして今頃そんな事言うの!?」
昼休みの屋上で蒐一と要に喰ってかかっているのは、二人とは幼馴染みの匠と茜。諍いの原因は何かと言うと、
「あのな匠、一ヵ月じゃなくて二十日。もう二週間足らずで試験前週間なんだからな?」
「……だとしても二週間あるじゃないかよ」
「そうだそうだ!」
「あら? 違うわよ茜ちゃん。もう二週間しか無いのよ」
「「う……」」
さすがに「氷の女王」と「微笑みの悪魔」(もしくは「惨劇の貴公子」)を前にしては、たかがβプレイヤーでは力不足……と自覚してはいるようで、それ以上の反駁の言葉は出なかった。しかし納得はしていないようで、恨めしげな視線を向ける事は忘れない。
そんな二人に蒐一は態とらしく溜息を吐くと、
「あのな匠、次のテストが期末テストで、それが終わったら夏休み――っていうのは解るよな?」
当たり前じゃないかという表情を浮かべる二人に、今度は要が言って聞かせる。
「夏休みという事はつまり、授業の無い期間が一ヵ月以上続くという事よ? 先生目線で見れば〝自由に使える〟期間、言い換えると――」
「――補習をするのに打って付けの一ヵ月が、な」
不服から一転して絶望の表情を浮かべる二人に、「微笑みの悪魔」が追撃を放つ。
「で――夏休みっていうのは、学期末の休みの中でも一番長いんだよな? つまり……」
「補習の時間も長く取れる……という事ね。先生方から見れば」
魂の抜けたような顔で呆ける二人に、蒐一が留めの一撃を放つ。
「あとな匠、前にも言ったけど、前回より試験の点数とか成績とかが下がれば、それは全部ゲームのせいにされかねないんだぞ? 赤点とかに関係無く」
「小母様たちからゲーム禁止令が出かねないわね」
「で――その場合、僕らも付き合ってゲームを止めろ……なんて事は言わないよな?」
……理路整然と追い詰められた二人には、試験勉強に取りかかる以外の選択肢は残されていなかった。
「とは言っても、SROならではの対処法が無い訳じゃないのよね」
――なのに、要がこんな事を言うものだから、沈没していた二人がガバと跳ね起きる。
「……SROならではの対処法?」
「カナちゃん! それってどういうの!?」
〝SROならではの対処法〟という事は、〝ゲームをしながらできる対処法〟という事ではないのか? そんな一石二鳥的対処法があるのなら、是非とも教わりたいものだ。
「あら? 二人は知らなかった? 『PTA』っていうプレイヤーズギルド」
「あー……」
「あれかぁ……」
「『PTA』?」
初耳らしく不得要領な顔付きの蒐一に、要が丁寧に説明したところでは、
「SRO内で家庭教師を請け負うプレイヤーかぁ……」
「えぇ。『PTA』というのは、『プライヴェート・ティーチャーズ・エージェンシー』の略称ね」
SROこと「スキルリッチ・ワールド・オンライン」では、サービス接続時間の八時間を、ゲーム内で三倍に加速する事で一日にしている。言い換えると、SRO内では外の三倍の効率で勉強する事ができる……
「――という謳い文句を掲げて、家庭教師を請け負ってる訳」
「それって、リアルマネートレードとかに引っかからないの?」
「本人たちは〝家庭教師のロールプレイ〟だと主張してるわね。実際にも、リアルマネーでの取引はしてないみたいだし」
そんなロールプレイのどこが面白いのか――と、呆れ半分・不可解半分の表情を浮かべる蒐一の横で、
(「効率三倍かぁ……」)
(「言い換えると、勉強の時間は三分の一で済むんだよね……?」)
ヒソヒソと囁き交わしている二人組。その二人が、
(「……この際、悪くはないかもな」)
(「だよね」)
――などと言い出したのを見計らったかのように、
「あれ? でも要ちゃん。それって〝SRO外と比較した場合の効率〟であって、SRO内で勉強に費やす主観的時間は同じだよね?」
「そうね。だから〝SRO以外に使う時間を確保したい人〟向けという事になるわね」
「「――――っ!(涙)」」
なけなしの希望を無惨に打ち砕かれて涙目の二人に向かって、ニッコリと微笑んだ要が言う事には、
「あら、ものは考えようよ? 最大の不確定要素である蒐君が最前線にいないんだもの。ゲームが進展するとは思えないし、進展があっても知れたものよ♪」
「「う~…………」」
独り複雑な表情を浮かべ、それでも敢えて沈黙を守った蒐一を尻目に、
「それじゃあ、今日の放課後から毎日一時間、蒐君と私で試験範囲の復習を見てあげるから」
「「宜しくお願いしま~す」」
今回のリアル編はこれ一話だけで、次回からSRO本編に戻ります。




