第百三十八章 その頃の彼ら 4.テムジン~薬師訪問~(その2)
テムジンから問いを投げかけられたバランドの答えは、
「ふむ……邪道については能く知らぬが、『特殊スキル』については概ねお主の言ったとおりじゃ。ちと上級の裏技……とでもいったところじゃな」
――というものであった。
「やはり……」
「難易度についても当たっておる。全てがではないにせよ、ちょっとした工夫次第でどうにかなる程度のものも少なくない。【分離】の特殊スキルはその例じゃな」
――と、ここまではテムジンの予想のとおりであったが、
「ただのぉ……邪道の【添加】スキルについては、掛け値無しに初耳じゃ。……と言うか、そんな曲者のスキルを操るとは、さすがに油断がならんのぉ」
まぁ、【添加】スキルを使えば後付けで薬効成分の追加増量と、それによる品質の向上が可能という事であるから、ポーションの価格体系が大混乱するのは間違い無い。バランドが〝曲者スキル〟呼ばわりするのも宜なるかなである。
「まぁ、年寄りの愚痴は措くとして……お主が【添加】のスキルを気にしておるのは何故かな? よかったら聞かせてほしいのじゃが?」
テムジンが殊更に【添加】スキルに執心しているのが奇異に見えたらしい。寸刻考え込んだテムジンであったが、ここで隠し事をして機嫌を損ねても拙いと判断。正直にその理由を述べたのであったが、
「ふむ、特殊鋼のぉ……じゃが、それはあまり賢明ではないかもしれぬぞ」
どういう事かと訊ねるテムジンに、バランドが己の考えを披瀝するが……今度はそれを聞いたテムジンが考え込む事になる。
「まずじゃ、【添加】というスキルで後付けで……その、稀少金属であったか? それを足すというのは、少なくとも修得して直ぐには難しいのではないか?」
液体のポーションに「添加」するのと違って、出来上がった剣なりインゴットなり――何れも固体――に「添加」するのは難度が高くはないか? 添加した成分を固体の中に浸透・分散させるというのは、液体を相手にするより格段に難しそうだ……と、言われればテムジンも考え込まざるを得ない。
中級の後半、下手をすると上級に至るまで修行を積む必要があるとなると、それまでに費やす時間も労力も無視できない。最初から特殊鋼として製錬した方が早くはないか?
「然様な手間の掛かるスキルに血道を上げるよりも、寧ろより基礎的なスキルに重きを置いた方が、長い目で見ると益が多いと思うぞ」
「基礎的なスキルですか……」
【錬金術】の初級で学ぶスキルは、【調薬】のそれと大差無い。もう少し言えば、金属を扱うのに適したスキルは、中級になってから出て来る筈。その中級の前期で学ぶ、より基礎的なスキルというのは、錬金術に特化・深化していない分だけ――
「様々な分野のスキルとも共通する部分、或いは関連する部分が多いとも言える。つまりは応用の幅が広い」
「成る程……」
テムジンの狙いが〝特殊鋼の製錬に【錬金術】のスキルを応用する〟というところにあるのならば、不確かな部分の多い【添加】のスキルに拘るよりも、基礎的なスキルの使い方を確り――それこそ〝表も裏も〟――学ぶ方が目的に適うのではないか。
言われてみればそのとおりのような気がする……という事で、改めて中級への昇級課題が問題になってきた。
ならば――と、体力および魔力回復薬の素材であるブット葉草とカット葉草を求めた際に、バランドがつい口を滑らせる。進級が主目的というならば、少し品質を落としたものの方が良いであろうと。
どういう事かと訊ねたテムジンに、バランドが――悪戯を見つけられた子どものような表情で――白状する。シュウイにはやや面倒な手順と素材を与えたのだと。
(成る程……シュウイ君が頻りに、面倒だったと愚痴を零していたのはこれか)
密かに得心がいったものの、空気を読んで余計な事は口走らないテムジンなのであった。




