第二十四章 トンの町 1.東のフィールド~狩り~
僕たち――僕と従魔のシル――は東のフィールドに来ている。シルのレベリングにはもう北のフィールドでは物足りなくなっているし、昨日手に入れたスキルが僕の思い通りなら、僕の攻撃力不足も改善されるはずだ。それに、【飛礫】と【投擲】の重ね掛けも検証してみたいしね。
「シル、今日は今までよりずっと手強い相手になるから、【力場障壁】の張り方には注意してね?」
そう言うと、シルは真面目な顔で頷いた。
僕たちは北のフィールドで狩りをする時から、【力場障壁】の張り方に工夫をしていた。簡単に言ってしまうと、強そうな攻撃に対しては直角に【力場障壁】を展開せずに、傾斜装甲のように斜めに展開したんだ。斜めにした分だけ障壁の見かけの厚さは増すし、攻撃を受け流す効果も期待できるんじゃないかと考えたんだ。
まともに受け止めた方がレベリングには良いのかもしれないけど、シルはまだ子供だしね。魔力の総量からして連戦はきついんじゃないかと思ったから、レベルアップを目指すために色々と工夫したんだよ。そのせいか立て続けに狩っても魔力の枯渇は心配なかった。二日目には、軽めの攻撃に対してはまともに受けさせて、経験値を稼ぐ方針に転向したけど。
シルへの注意を済ませると、僕はもう一枚の手札を切っておく。【イカサマ破り】のスキルだ。ひょっとして【隠蔽】や【擬態】に効果があるんじゃないかって思ったから、いつもの【虫の知らせ】【気配察知】【嗅覚強化】に付け加えて発動させておく。
このフィールドの強敵はギャンビットグリズリーだ。巨大な熊型のモンスターだけど体躯に似合わない【隠蔽】持ちで、他のモンスターと闘っているところに奇襲を仕掛けたり、あるいは【威圧】によって他のモンスターを嗾けて、そちらに注意を向けた隙に攻撃するといった搦め手をつかってくる。狡賢くて危険なやつだ。【イカサマ破り】が【隠蔽】を見破ってくれないか、期待してるんだけど。
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草原を少し進んだところで反応があった。距離は百メートルほど離れているけど……ギャンビットグリズリーだ。やつの近くにスラストボアとワイルドベアがいる。こいつらを嗾けるつもりだろうが、どっこい、こっちが先に見破った。Lv3に上がった【イカサマ破り】が良い仕事をしたみたいだ。
ここへ来るまでに拾っておいた石を取り出して、投石紐にセットする。先手は僕たちが貰おう。目標は先頭のワイルドベアだ。……命中! 頭に投石を食らったワイルドベアのHPが一気に四割ほど削れたみたいだ。スラストボアが突っ込んで来る。ギャンビットグリズリーはまだ動かない。
突っ込んで来るスラストボアの足下に【土転び】を仕掛けてやると、あっさりと足を滑らせて転倒、無防備な腹を曝け出す。杖を突き入れて終了、ゆっくりと光に還った。立ち上がってこちらに向かってくるワイルドベアに、立て続けに石をぶつけると……やがて光に変わっていった。ギャンビットグリズリーは相変わらず【隠蔽】を頼りにして隠れているから、Lv3に上がった【飛礫】を使って投石紐で石をぶつけてやると……徐に立ち上がって咆吼し、こちらへ駆け寄って来た。
「シル!」
ギャンビットグリズリーの動きは素早く、爪は鋭い。あっという間に近づくと、物凄い力でその爪を振るってきた。斜めに張られたシルの【力場障壁】が、ギャンビットグリズリーの攻撃を受け流す。攻撃をすかされて体勢の崩れた喉元へ杖を突き入れる。手抜きはしない。最初から全力だ。
「【ウェイトコントロール】!」
Lv3に上がった【ウェイトコントロール】で僕の体重を二倍にしておき、二倍になった体重を乗せて突きを繰り出した。
運動エネルギーは物体の重さと速さ――正確には速さの二乗――に比例する。一時的とはいえ二倍になった体重を乗せた突きは、二倍の威力でギャンビットグリズリーの喉笛を抉った。だが、まだ致命傷には至らない。
「【お座り】!」
今まで使う事の無かったスキルを発動してみる。ギャンビットグリズリーは一瞬身体を固くしたが、それ以上の反応は無かった。まだスキルレベルが足りてないんだろう。それなら……
「【お座り】! 【お座り】! 【お座り】!」
数をこなしてスキルレベルを上げるまでだ。【器用貧乏】の効果であっという間にLv3に達する。Lv3に上がった【お座り】に、ギャンビットグリズリーは抵抗できなかった。
「【ウェイトコントロール】!」
何が何だか解らない表情のままペタンと座ったギャンビットグリズリーの脳天に、二倍の重さになった杖が振り下ろされる。クールタイムは終わっている。
ギャンビットグリズリーの頭頂部の骨は、威力を増した杖の打撃を受け止めるほどの硬さは無かったようだ。
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「ふう……」
ギャンビットグリズリーの姿が光になって消えると、周囲に敵対的な存在がいない事を確認した上で、僕はやっと肩の力を抜く事ができた。
シルがいたからギリギリの間合いに踏みとどまる事ができた。あの間合いでなければギャンビットグリズリーは斃せなかっただろう。
「お疲れ様、シル。お蔭で助かったよ」
感謝の言葉をかけると、シルは黙って頷いてくれた。うん、何でもない振りはしてるけど、あの一撃を受け流すのに大分力を使ったようだ。ポーションを飲ませておこう。余った分は僕が貰う。スキルを発動するのにも魔力は使うしね。
中級のMPポーション一瓶を使って魔力を回復した僕たちは、少し軽めの相手を狙って草原を歩いた。このフィールドでは遭遇するモンスターの数は北のフィールドほど多くない。……その分、凶悪な相手ばかりだったけど。
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無理をせずに斃せる相手に絞った結果、昼までに更にマーブルボア二頭、レッドタイガー一頭、ストームウルフ二頭を狩る事ができた。シル様々だ。お蔭でスキルも手に入ったよ。ギャンビットグリズリーとレッドタイガーからはそれぞれ【隠蔽】が、ストームウルフからは【疾駆】が手に入った。さすがに格上相手だとスキルも得やすいなぁ♪ ……あれ? 【疾駆】って四本脚向けのスキルなの? あぁ、育てれば二本脚にも対応できるのか……つまり一度は四つん這いで走らないと駄目って事だよね……微妙かな。まぁ、選択肢が増えるのは良い事だよね。
……うん、よく考えたら肉食獣から得るスキルって、狩りに向いたスキルって事だよね。これは……肉食獣はスキル的にも美味しい相手かな?
遠くにはゴブリンらしき集団も見えたけど、ゴブリンキングが率いるような大きな群れだと、ソロの僕たちはきつい。手を出さずに見送ったよ。それに……あのゴブリンだかホブゴブリンだか、「解放の呪歌」クエストの時のホブゴブリンのような気がするんだよね。手を振ってたし。あ、勿論僕とシルも手を振り返したよ。
携行食で昼を済ませて帰ろうかというところで、【虫の知らせ】と【落とし物】が反応した。




