第百三十八章 その頃の彼ら 2.テムジン~錺職人訪問~
〝袖摺り合うも他生の縁〟とは能く聞く言葉であるが、それを地で行くような形で鍛冶師から錺職人を紹介されたテムジンは、その足を件の錺職人の許へと向けていた。
漸く一段落付いたとは言え、ナンの町復興のための製作依頼に忙殺されている筈のテムジンが、貴重な休みを潰してまで錺職人に会いに行くのはなぜか。
ぶっちゃけて言えば、偏に特殊鋼開発のためであった。
では、「滅金と象嵌」、「錺職人」、「特殊鋼」という出来の悪い三題噺のオチは何なのかというと、
(滅金と言えば金の他に、主なものだけでも錫・亜鉛・ニッケル・クロムなんかがあるが……上手くすればそういう金属も手に入るだろうか?)
――これである。
特殊鋼開発のためには、ベースとなる金属の他に添加する素材が必要となるのだが……生憎な事に、SROの鍛冶師が扱う金属は圧倒的に鉄が多く、それ以外の金属を扱う機会は極めて少ない。噂ではミスリルやアダマンタイトなどの謎金属も存在するようだが、そういった不思議素材は王侯貴族が独占しているようで、市井に住まう一介の鍛冶師の許に流れて来る事など無い。
幸いにして、シュウイという有為の人材と知り合えた事で、稀少金属を添加した特殊鋼への道が見えてきたし、つい先日にはチタンとプラチナというニューカマーも引き当ててくれた。
しかし――その功績は功績として、SROに登場する金属のラインナップに偏りがあるような気がしないだろうか? 青銅や黄銅といった合金はともかくとして、銅以外の卑金属素材はどこへ行ったのか?
予てから気になっていたテムジンが、「滅金」と聞いて思い出したのが、錫・亜鉛・ニッケル・クロムといった素材の事であった。
もしも滅金がそれなりに普及しているのなら、滅金に使うクロム・ニッケル・錫・亜鉛などの金属も、やはりそれなりに存在しているのではないか? そしてそういった金属があるのなら、合金なり特殊鋼なりの開発に、もう一歩の進展が見られるのではないか?
そういった思いから、滅金を扱うという錺職人との会見に期待していたテムジンであったが、
「いや……確かに俺たちは滅金も扱うが、それはほぼ金滅金に限られるからな」
「あ……成る程」
言われてみればそのとおりだ。苟も錺職人たる者が、ブリキやトタンを扱ってどうするというのか。いや、別にブリキやトタンを貶めるつもりは無いが、〝飾り〟という語に不似合いな気がするのも事実である。
「他の金属を使った滅金があるってのは知ってるが……具体的にどこに使われてるのかまではなぁ……」
どうやら錆びや腐蝕を防ぐ手段としての滅金は、少なくともトンの町では普及していないようだ。……という事はつまり、滅金に使うクロム・ニッケル・錫・亜鉛などの金属が、錺職人のところでなら手に入るのではないかというテムジンの目論見も、敢えなく潰えたという事だ。
少しばかり気落ちはしたが、それでも滅金の技法などに関してトンの町の住人から情報を仕入れる事ができたのは大きい。テムジン自身も――シュウイの個人情報については伏せて――知っている情報を幾つか教えた事で、職人の方も満足したらしい。まぁ、Win-Winの取引と言ってよいのではないか。
……などとぼんやり考えていたところでテムジンは、己が思いがけない事態を引き起こした事を思い知らされる。
何の事かと言うと、パンパカパーンという気の抜けるようなラッパの音色と共に、
《プレイヤーがNPCの錺職人との友誼を得ました!》
《以後、選択可能なジョブに「錺職人」が追加されます》
――というワールドアナウンスが鳴り響いたのである。
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自衛官という(リアルの)職業柄か、それとも一人前の社会人としての嗜みか、表情を取り繕う事に慣れていたのが幸いして、内心の動揺を顔に出すのは避けられた。
それでも〝何で自分がこんな事に〟と、慌てる羽目になってはいたが……実は、同じような事態は既に別のプレイヤーが引き起こしている。誰あろう瑞葉である。
彼女が職業解放クエストをクリアーした事で、「園芸家」および「種苗農家」というジョブが解放されたのである。
この時もワールドアナウンスが鳴り響いたのであったが、瑞葉本人はテンパっていてそんな事には気が付かなかったし、他のプレイヤーは他のプレイヤーで農家系のジョブを志望する者がいなかったため、軽く流されて終わったのである。無論、テムジンも軽く流した側であり、そんなアナウンスがあったという事自体、忘却の果てに流してしまっていた訳だ。
(……まぁ、名前が出なかったのが幸いと思う事にするか)




