第百三十五章 ペンチャン村滞在記(二日目) 10.運営管理室
〝こいつは何を言い出した?〟――と、裏でモックの様子をモニターしている運営管理室スタッフの関心と警戒、ついでに緊迫感と心拍数は、弥が上にも高まっていく。
「リュートもそうだが弦楽器ってやつぁ、発音器としての弦と共鳴器としての胴、それに、弦を弾く撥や指から成ってる」
「はぁ」
「で――だ。鈴をこの図式に当て嵌めると、発音器と共鳴器は鈴の本体、撥に当たるのが中にある舌――って事になる」
「ははぁ」
――少しばかり補足しておくと、モックたちが〝鈴〟と呼んでいる「鼓吹の鈴」――国宝である「聖呪の鈴」のレプリカ――は、「鈴」という名で呼ばれてはいるが、その形は鋳物の風鈴のような吊り鐘型であった。銅鐸の小さいようなものを想像してもらえればいい。その意味では「鈴」ではなくて「鐸」という字を当てるべきかもしれない。
だが、それはそれとして、今は楽士の言葉に耳を傾けよう。
「そう考えるとな、弦楽器の演奏を鈴に当て嵌める事もできるかもしれん」
「……と、言うと?」
「リュートで音色を変える時に、弦の途中を指で押さえるだろ? それと同じように、鈴の一部を指で押さえて、音色を変える事ができるかもしれんって事だ。実際にそんな事ができるのかどうかは知らんがな」
・・・・・・・・
――という、楽士の胡乱な提案を受けて、打ち揃って頭を抱えているのは運営管理室の面々である。
「……今頃になって余計な事を言い出しやがって……」
「確かに役に立つ指摘かもしれんが、それをこの場で言うなよ……」
「この段階になって新技術なんか持ち出したら、練習曲や課題曲を作曲するハードルが上がるだけだろうが」
「開発の連中が何と言うか……」
完全に想定外の、それもユニークにしてクリエイティブな提案を持ち出した旅楽士に、怨みがましい視線が降り注ぐ。……本気で搭載AIのダウングレードを進言するべきか。
「実際問題としてだ、そんな事が可能なのか?」
「指で触れたら音が止むだけのような……」
「現実はともかく、理論的には合ってるのか?」
「弦楽器の演奏法に鑑みれば、合っている気がしないでも……」
「いや、鈴の発音部は線ではなくて面だ。表面の一部を押さえただけでは、効果は出ないんじゃないのか?」
「あと、サイズの問題もあるだろう。少なくとも触れるのは指ではなく、もっと細いものでないと」
「どっかから風鈴を持って来て試してみるか?」
技術職の習い性というのか、一転してマニアックな議論に没入しそうになったところを、
「現実の問題はどうでもいい。我々が考えるべきは仮想現実の事だ」
――ピシャリとその流れを断ち切ったのが、管理室長の木檜であった。
「実際にはどうあれ、成立し得る問題を提起された以上、我々はそれに対する説得力ある回答を用意する必要がある。……演奏法の改善・拡充も含めて、な」
待ち受ける困難を想像してゴクリと生唾を呑み込むスタッフをジロリと見回して、
「だが、この問題は運営管理室の所管を越える。我々は開発の判断を尊重し、その決断を支持する……というのを運営管理室の総意にしようと思うが、異論のある者はいるか?」
木檜の提案は満場一致を持って可決された。




