第百二十六章 篠ノ目学園高校文化祭(二日目) 1.一年三組
「これが噂のカップ麺博覧会か……まだ早いのに、思ってたより賑わってるわね」
「要ちゃん……一応自分のクラスの演し物なんだからさぁ、〝噂の〟は無いんじゃない?」
感慨深そうに「自分の」クラスの展示を見回しているのは高力要。図書委員になったばかりにブラックな連勤状態が続き、自クラスの演目には携わるどころか、落ち着いて見る事もできなかったのだ。まぁ、G.W.の家族旅行では、旅行先でご当地カップ麺を購入して、それを提供したのであるが。
ちなみに、中にはボストンバッグ一杯の戦利品を提供した強者もいたりする。
「ほとんど関われなかったのは事実だもの。少し引け目があるのよね」
「ま、図書委員としての仕事があったんだから、仕方ないだろ」
匠が物解りの良いところを見せているが、実際に文化祭で放出する予定の処分本の選定やら、最低限の補修やら、未回収分の捜索やらで忙しかったのは事実である。クラス展示に関われないほどに。
「ま、一応はクラスの力作って訳だから、じっくり見てけよ」
「そうそう。できたら試食と感想も」
「……見学の方は楽しませてもらうけど……試食の方は遠慮しておくわね」
三組のクラス展示は「ご当地カップ麺博覧会」であるが、文化祭二日目にして日曜日の今日は、学外客を当て込んでの試食コーナーも設けてある。教室で食べてカップを返し、感想を書いてくれたら三割引という触れ込みである。
ちなみに……蒐一に一般客の接客をさせると、女顔に欺されたチンピラがコナをかけてくるかもしれず、その場合、キレた蒐一が何をするか解らない――と言うか、火を見るよりも明白に解っている――という事で、抑え役の匠ともども土曜日に廻された……というのは、蒐一以外の全員が、密かに申し合わせた結果であったりする。
だがまぁ、そんな裏事情はさて措いて、ついでに要の意向もさて措いて、茜が声も高らかに薦めてきたのは……
「ドリアンラーメンにタガメラーメン……って、何なの? それ」
成績優秀にして博覧強記の要をして当惑させた色物トップファイブの一角――と言うか、双璧――であった。
ちなみに、残りの三つはカメラーメン(以上、海外勢)、それに熊ラーメンとトドラーメン(以上、国内勢)である。
で――そんなイロモノを薦められて当惑する要に説明するのは、クラス展示に関わってきた匠たちである。
「西島のやつがプーケットで買って来たらしいんだがな」
「ドリアンとタガメの絵が描いてあるの」
「ただのデザインだけじゃないかって気もするんだけどね……」
「日本語も英語も書いてないから、中身が判んねぇんだよ」
現地語で説明は書いてあるが、外国人旅行者の購入を想定していないのか、日本語は無論、英語・フランス語・中国語・アラビア語の何れの説明も併記されていなかった。
大した地雷を抱え込んだものだと呆れる要であったが、三割ぐらいは驚嘆も混じっている。
「……それ、〝内容未確認。お買い上げも試食も自己責任で〟って書いておいた方が良いわよ……」
特にタガメラーメンについては、タガメ由来の香料が使ってあるだけ……ではないかと思うのだが、罷り間違って乾したタガメが具として乗っかっている……なんて事案も考えられなくはない。警告しておいた方が無難であろう。
「飯テロってやつ?」
「違うと思うけど……いえ……違わないのかしら……?」
「恐怖には違いなさそうだよね」
ちなみに、試食コーナーの売り上げは打ち上げの資金に廻される事になっている。
それと同時に……売れ残ったモノについてはクラス全員で籤を引き、当選者が引き取る事になっている。
……茜たちが熱心に購入を薦めてくる訳である。
「カメラーメンの方は、意外と売れ行きがいいんだけどね」
「あ、橋口が香港で仕入れてきたやつな」
「……ひょっとして、亀苓膏と似たようなものなのかしら」
亀苓膏とは中国や香港で売られている食品で、端的に言えば〝亀のゼリー〟である。美容と健康に良いというキャッチフレーズの下、購入していく日本人も少なくないと聞く。
「……衛里ちゃんが言ってたのって、それなのね……」
要の従姉である衛里花は、この日は外せない所用があるとかで不参加となっていたが、要に資金を託しての依頼があったという――カメラーメンを買っておいてほしいという。
「だけど……その話って確かなの?」
「橋口はそう聞いて買い込んだらしいけどな」
「現地のガイドの説明だそうだけど」
所謂セールストークというやつなら、どこまで信じていいかは微妙であるが、
「ま、少なくとも話のネタにはなりそうだし」
「ドリアンやタガメほどの忌避感も無いみたいだしね」
「そうね……」
〝美容と健康〟というパワーワードの誘引力には抗いづらいものがあったらしく、自分も購入したものかどうかと密かに悩む要なのであった。




