第百二十五章 ナンの町 9.運営管理室(その2)
「確かに……クエストの発生時期とあのプレイヤーの技倆とが、設定に鑑みた場合は食い違ってくるな……」
「そこは『異邦人』独自の事情という事で説明するしか……」
「技芸神への奉納」クエストでは、〝一定の力量に達した者が技芸神の神殿に詣でて、そこで磨いた技芸を奉納する〟という設定になっていた。これは地元民向けの設定であるが、異邦人はそこに特別枠で参加する――という事になっていたのである。
この場合……と言うか当初の計画では、異邦人も〝一定の力量に達した時点で〟技芸神に呼ばれる、すなわちクエストが提示される事になっていたから、そこに何の食い違いも発生しようが無い。
ところが――モック(とエンジュ)の場合は些か事情が違っていた。
モックとエンジュの新人二人がシュウイ色に染まる事を懸念した運営管理室が、二人をシュウイから引き離そうとして、正式な指導員を宛がうべく画策していたのである。
ところが――新人二人の成長を是として見守っていた管理AIが運営側の陰謀を察知し、これを〝運営管理室の恣意的な判断による容喙であり、ゲームの運営上好ましからざるもの〟と判断した事で、運営側の思惑は覆される事になる。
あろう事か管理AIは、運営側が密かに用意した吟遊詩人と宝石職人の指導員を、〝モックとエンジュには一応シュウイという指導役がいるのだから、指導員のいないプレイヤーにこそ優先的に廻すべき〟という至極尤もな理由によって、他の新人プレイヤーに廻してしまったのである。
呆然とする管理室の面々を尻目に、管理AIは駄目押しの一手を放った。すなわちシュウイに対して、〝モックを「技芸神の聖地」に案内して、その場で歌を奉納させる〟というクエストを提示したのである。クエストの発生に眼眩んだシュウイがYを――モックの都合を訊きもせずに――押したため、少なくともクエスト継続中はモックをシュウイから引き離す事ができなくなった。
斯くの如き――運営管理室と管理AIの――暗闘は、AIの完勝で幕を閉じたのであったが……そのせいで、駆け出しどころか単なる志望者に過ぎないモックが技芸神に呼ばれるという……背景設定に矛盾する事態が生起したのである。
尤も、管理AIも運営管理室も――少なくともこの時までは――この齟齬をそこまで重視していなかった。
モックが技芸神の聖地を訪問するのはずっと先になるだろうから、それまでに技術を磨けば済む事だ……そう考えていたのである。
ところが……突発的に発生したナンの町の防衛・復興クエストのせいで、管理AIの予想より早くシュウイたちがナンの町を訪れ、しかもそこに王都のNPCが絡んでくるという、想定外も想定外の事態が巻き起こる。その結果、これまた関係各位の予想より早く、モックが奉納の旅に出そうな気配となった。
不幸中の幸いにして、モックはナンの町で先輩吟遊詩人に出会う事ができ、弦楽器演奏の基礎を教わる運びとなった。これを見ていた運営管理室の面々が欣喜雀躍したところまでは、既に読者もご存知のとおりである。
ところが――この時モックは何の気無しに、自分が奉納クエストを受けた時の事情まで、簡単にではあるが先輩吟遊詩人に話してしまった。その結果、話を聞いた吟遊詩人が時系列の食い違いに気付いて訝る事になったのである。
今となっては後の祭りであるが、この時モックがその事を口走りさえしなければ、以降の問題は生起しないか、少なくとも顕在化しなかった可能性が高い。
しかしながら、今回はモックがその事をうっかりと漏らしてしまったために……
『あれ? そうなんですか?』
『あぁ。技芸神様に呼ばれるなぁ、或る程度の技倆に達した者だけだ。……尤も、こりゃ俺たちの場合だから、異邦人の場合は違うのかもしんねぇな』
『はぁ……』
抑モックがこのクエストを受けたのは、転職どころか見習い職にすら就く前である。リアルでも楽器の演奏などには縁が無く、SROを機に教本を買ったくらいだ。演奏の技術などはお察しである。
そんな自分にこんなクエストが下りてくるというのは……これは確かにおかしな話だ。吟遊詩人の説明には耳を傾けた方が良いかもしれぬ……
「……あの馬鹿NPC、一体何を口走って……」
「この話はどこに転がるんだ……?」
「嫌な予感がするな……」
筆者の別作品「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。




