第百二十章 ナンの町~THE DAY AFTER~ 3.救護所の「天使」(その1)
さて――〝比較的無難な部署〟という事で救護所に配属されたシュウイ――とモック――であったが、直ぐにそこが思っていたより面倒な場所である事に気付く。
何しろ〝軽傷者〟とは言っても、それは飽くまで相対的な意味。打ち身とか擦り傷のような本当の軽傷者は、救護所なんかにはやって来ない。ポーションどころか唾でも付けて終わりである。
では――〝軽傷者向けの救護所〟を訪れるのはどういう連中かと言うと……
「おぃっ!! こっちゃ朝からお行儀良く並んでるってのに、いつまで待たせやがんだ!」
「は、はぃ……相済みません。人員が増員されるとの事なので、もう少しお待ちを……」
「おぃ兄ちゃん、そんなチンピラに構ってる暇があんなら、さっさとしてくれや」
「そうだそうだ!」
「あ゛ぁ? チンピラたぁ何だ!?」
「どっから見てもチンピラだろうが」
「そうだそうだ!」
「この野郎……」
――と、斯様に荒んだ連中であった。
要するに、〝それなりに治療が必要だが、治療が遅い事への不平や不満を口にしたり、時には態度で示す程度の体力は余っている荒くれども〟――そんな面倒な連中が屯する、面倒な部署がここなのであった。
尤も……
・・・・・・・・
「はい、次の方」
「へ、へぇ……」
「どうしました?」
「へ? い、いや、俺ぁ別に何も――」
「……どこを怪我しました?」
「――へ? あ、あぁ……右腕をちょいとばかり捻っちまって……」
「拝見しますね」
「へ、へぃ……ど、どうかお手柔らかに……」
――どんな不平居士であろうとも、「微笑みの悪魔」が降臨したシュウイを前にすると、皆が皆、借りて来た子猫のように温和しくなるのだが。
お忘れの向きもあろうかと思うので、ここで改めて解説しておくと……シュウイことリアルの巧力蒐一の二つ名である「微笑みの悪魔」、或いは「惨劇の貴公子」とは、嘗て蒐一に絡んできた変質気味の不良三人を、悉く血の海に沈めた事に……そしてその時の蒐一が、彫像の如く整ったその顔の上に、凄絶にして愉しげな微笑みを浮かべていた事に由来する。
その時の蒐一は中学生であった。今の蒐一はその時より格段に腕を上げており……それはつまり、SRO内で密かに「解体天使」だの「黒衣の死天使」だのと呼ばれている事からも判るように、シュウイの手並みも格段に上がっている事を意味するのであった。
そんなシュウイに身の程知らずにも絡んできた冒険者を、歌枕流の関節技と悪魔の微笑で黙らせると、それ以降はシュウイに盾突こうなどという勇者は現れなくなった。救護所に平穏……とは言えないかもしれないが、少なくとも秩序と静けさが戻って来たのである。
ちなみに、荒くれどもが粛々とシュウイの指示に従っているのは、何もシュウイを恐れての事ばかりではない。何よりも彼によりも、シュウイの治療が適切であったからである。
シュウイ――と、その従魔であるジュナ――の【聖魔法】はまだLv1に過ぎないが、シュウイには――正確にはリアルの巧力蒐一には――歌枕流の活殺術の心得があり……その中に応急処置の技術も伝わっているのである。
幸か不幸か――多分「幸」だと思うが――SROの医術も、基本的には現実の身体構造に基づいているため、応急的とは言え、医術の知識に基づいた手当の上に治癒魔法を重ねる事で、シュウイは効果的な治療を行なう事ができた。ただ魔力に任せて治癒魔法を放つだけのプレイヤーよりも数段上の技倆であり、それが回復効果という形で現れているのを見れば、冒険者たちとしても文句を言う気は――冒険者たちの心中を慮って言えば、敢えて地雷原に突っ込むつもりは――無かったのである。
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