第百十九章 ナンの町~「ワイルドフラワー」~ 1.物資お届け便(その1)
さて、タクマたち「マックス」に少し遅れて、言い換えれば防衛戦の山場を過ぎた後にナンの町に到着した「ワイルドフラワー」であったが、その参陣は控えめに言っても歓迎された。それというのも……
「いやぁ~、能くこんだけの水を運んで来てくんなすった。ありがてぇ♪」
相好を崩してカナに話しかけているのは、戦線の後方で救難や支援の指揮を執っていた、ナンの町の有力者と覚しき住民であった。その後ろでは大勢の住民たちが、サンチェスの指示に従って、彼の【船倉】から大量の水甕を運び出している。
「えぇ。うちのサンチェスの発案なのですけど、お役に立てて嬉しいですわ」
「ははぁ、キャプテン・サンチェスの。道理で……さすがに年季を積んだお方は違うわ。いや、こっちも一応水の準備はしてたんだが……ツインヘッドグリフォンが暴れたせいで、水場が一つ使えなくなっちまってな」
「まぁ……それは大変でしたのね」
ここへ来る前にサンチェスが懸念していた、まさにそのとおりの事態が発生していたようだ。
「あぁ。残った水場と汲み置きの水でどうにかこうにか遣り繰りしてたんだが……これで心置き無く水が使える」
次々と【船倉】から運び出されて行く水甕に満足げな視線を送っていた男であったが、改めてカナに向き直ると、
「薬草の方もありがてぇ。何しろ町がこの有様だ。救護所にゃ怪我人が目白押し。準備してあった薬も粗方は使い切って、薬師の連中がせっせと調合してるとこなんだが……その原料までが乏しくなってきててなぁ」
「幸いな事に、ここに来る途中に沢山生えている場所を見つける事ができましたので」
カナが想定したとおり、薬草は防衛イベント用の支援物資に設定されていたらしく、道の直ぐ脇――通常なら薬草など生えないような場所――に大群落が出現していたのだ。どうやらイベント用の臨時採集スポットらしい。
河原からナンの町に辿り着くまでに都合三ヵ所ほどで採集できた事で、カナたちは大量の薬草を手にしていた。幾つか自分たち用に取っておいてはどうかとの意見も出されたのだが、
〝採集スポットが臨時のものなら、そこで採れた薬草も臨時のものかもしれないわよ?〟
〝……イベントが終わったら消えちゃうって事?〟
〝……あの運営ならやりそうだな……〟
〝ん。それも嬉々として〟
――という可能性が認められ、少なくとも臨時採集スポットで得られた薬草は、その全てを供出する方針が立てられていた。それが大量の薬草提供という形になった訳である。
何しろここの運営の事だ。臨時採集スポットで得られた薬草を残しておいた場合、それが消滅するだけならまだしも、何かのペナルティが発生する可能性だって無視できない。
〝カルマ値がマイナスに振れるとか?〟
〝マスクデータは見えないだけに厄介だよなぁ〟
〝あ、だったら住人が塩対応になるとか?〟
……カナたちのみならず、住人との親密な交流を目指しているプレイヤーにとっては、文字どおり悪夢のような展開である。いやまぁ、〝住人との親密な交流を目指しているプレイヤー〟が、そんな姑息な真似をするかどうかは疑問だが……空気の読めない、そして計算のできないプレイヤーというのはどこにもいるものなのだ。
〝不名誉称号が付く可能性だってあるわよね。……「強突張り」とか〟
〝「死の商人」とか?〟
〝さすがにそれはちょっと違うと思うけど……〟
貴重な素材の筈が一転して、潜在的な地雷アイテムと変じた薬草。それを放り出……提供する事に、「ワイルドフラワー」の面々としても何ら異存は無かったのであった。




