第百十七章 運営管理室 1.転移門情報解禁事情(その1)
その日、運営管理室は微妙な空気に覆われていた。
「まさか『マックス』が転移門を発見するとはな……」
「アレを〝発見〟と呼んでいいのかは微妙な気もするが……」
「転移門の存在を確認し、その上使用までしているんだ。〝発見〟に違いは無いだろう」
「まぁそれはいいとしても……選りに選ってNPCが管理する、しかも半分遺跡みたいな転移門が真っ先に発見されるとはな」
「あぁ。転移門の情報が明かされるとしても、町の中にある門の存在を教えられる形だとばかり……」
「そのケースなら、プレイヤーがその場で転移門を使用……なんて事にはならなかった筈なんだが……」
自分たちが想定したロードマップが、プレイヤーの動きによって事毎に引っ繰り返される。その非情な――しかし明確な事実に打ちのめされ、ガックリと項垂れるばかりの管理室スタッフ。
……まぁ、近頃では度々目にする光景である。
「大体、転移門の情報解禁には、結構面倒な条件を設定した筈だろう」
「その筈だったんだが……」
転移門の情報が解禁となるためのトリガーとして、運営が設定した条件は以下のようなものであった。
・四者以上のプレイヤーが、住民から転移門に関する情報を教えられる事。
・ただしこの「四者」の中には、三パーティ以上が含まれなくてはならない。
・プレイヤーに情報を伝える住民は、五名以上でなくてはならない。
・なおかつその住民たちの所属――冒険者ギルドなど――は、三つ以上に亘っていなくてはならない。
・SRO商用版以前に得られた情報はノーカウントとする。
……成る程、これだけを見れば結構面倒な条件である。
況して、SRO世界の住民たちが、プレイヤーに対して積極的に情報を明かさない仕様になっているとすれば、これらの条件全てがクリアーされるのはずっと後になる……と考えられたし、当初はその想定どおりに動いていた。
――最初にこの状況を動かしたのは、例によって例の如くシュウイであった。
トンの町に居座って、プレイヤーよりも住民たちとの交流を密にした上、大概な量のモンスターを狩ってはその素材を町に提供していた。
剰え、トンの町防衛クエストに参加してオークキングを狩るという大殊勲を成し遂げた事で、住民のみならず冒険者ギルドとも良好な関係を築くに至っていた。トンの町の重要キャラクターであるバランドには、弟子入りまでする始末である。
斯くして、トンの町住民サイドからの評価を充分以上に上げた事で、冒険者ギルドのギルドマスターから直々に、転移門の存在を耳打ちされるという事に相成っていた。
まぁ……ここまではまだ運営管理室の許容範囲であった。ただ一つの誤算があったとすれば、シュウイが従魔術を拾って幻獣シルをお供に連れていた事で、「パーティ」の条件を満たしていると判断された事であろうか。
シュウイに続いて運営の甘い想定を引っ繰り返してのけたのは、βパーティ「ワイルドフラワー」の実力者カナ……いや、正確にはその従魔となった「トリックスター」のサンチェスであった。
主の問いに答えて重要情報を盛大に放出していたサンチェスであったが……ある日、カナとの何気無い会話の中で、
〝転移門――でございますか?〟
〝そう。何か知ってはいないかしら?〟
〝さて……在るという話は耳にしましたが、遺憾ながらどこにあるかまでは存じません。ご容赦のほどを〟
〝そう……まぁいいわ。気にしないで〟
――という遣り取りが交わされていた。
所在地などの具体的情報が出て来なかったので、カナも重要な会話とは思わずそのまま忘れていたのだが……これがトリガーとして確りカウントされていたのであった。すなわち、〝冒険者ギルドには所属していないNPCからの、シュウイとは別のパーティに対する情報提供〟である。
サンチェスとの会話がカナだけであったら〝パーティ〟という条件を満たさなかったかもしれないが、幸か不幸かその場には他のメンバーも居合わせたため、首尾好く(笑)条件をクリアーしたようだ。




