第百十四章 ナンの町災難篇~防衛隊決起~ 5.防衛作戦始動(その2)
「つまり……攻撃を片方の頭だけに留めていれば、もう片方の頭は怒りを忘れて……」
「身体の方はどう行動すべきか決めかねる――と?」
「そういうこった」
一つ情報を補足しておけば、この仕組みはツインヘッドグリフォンに先制して攻撃を仕掛けた時にも適用される。要するに、二つの頭がほぼ同時に攻撃を受けない限り、ツインヘッドグリフォンが反撃に転じる事はほぼ無いのであった。
――と、そう聞けば思い当たる向きもおいでであろう。そう、今回特攻をかました馬鹿者たちは、全員揃って魔法攻撃の乱れ打ちなんぞをやらかしたため、二つの頭を怒らせるに至ったのであった。
ともあれ、あまりにあまりなツインヘッドグリフォンの撃退法を聞かされて、脱力しそうになった一同であったが、
「まぁ、肝心なのはそこからなんじゃがな」
そこにすかさずネス師の注意が飛ぶ。
「片方の頭と身体の困惑に引き摺られたといっても、そこに又候新たな攻撃が加えられては水の泡じゃ。大事なのはそこから先で、タイミングを正しく見極めて、攻撃の手を緩めるなり続けるなりを判断せねばならん」
いきなりの難題を聞かされて、冒険者たちの顔が強張るが、
「ま、その辺りは儂らが判断するでな。心配は要らん」
「素人にゃちと難しいからな」
――という有り難い言葉を聞かされて、ほぅっと安堵の溜息を吐く。
「だからと言って気を抜くなよ。腐ってもS級モンスターなんだ。下手に気を抜くと、一気に町を持ってかれるぞ」
……が、それまで無言を貫いていたマーヴィンの台詞に、再び緊張する事になる。
緊張から緩和、そしてまた緊張と、目まぐるしく精神状態が切り替えられるのは心臓に悪い。少しは配慮してほしい気もするが、そんな甘えが許されない事態なのも解っている。
そんなナンの町の冒険者たちを、少しでもリラックスさせようというのか、
「……ま、飽きっぽいツインヘッドグリフォンだったのが不幸中の幸いだ。同じS級モンスターでも、死刑宣告者とかだとどうにもお手上げだしな」
「あー……」
「確かになぁ……」
アレと比較すれば相対的に気楽な相手と言えるかもしれないが、比較対象となった当の死刑宣告者がナンの町最寄りのゴッタ沼にいるとあらば、笑って済ませられる者はいない。
だが、この一言が新たな懸念の呼び水となった。
「死刑宣告者と聞いて思いだしたが……追い払ったツインヘッドグリフォンが、どこか他所へ行って悪さをする危険性は無いのか? 嘗てそういう事があったと聞くが?」
不吉な質問を放ったのは、どうやらβプレイヤーのようだった。
βテストで死刑宣告者の討伐クエストがあった時、レイドボスの死刑宣告者が持ち場を逃げ出した挙げ句に、行きがけの駄賃とばかりに他所の町を襲い、討伐が失敗判定になった事があった。このプレイヤーはそれを思い出したようだ。
割と碌でもない懸念を聞かされた地元冒険者の顔が引き攣るが、
「多分だが、その可能性は低いだろう」
――という答がウェインから返って来た。
「ツインヘッドグリフォンはそこまで根に持つ気性じゃない……と言うか、そこまで憶えていられる頭は無いからな。それに、近くに群れがあるんなら、そこへの帰還を優先する筈だ」
「まぁ、群れが散らばっていたら別じゃがな」
ウェインの脇から余計な差し出口をしたネスのせいで、ギルド内に再び緊張が戻るが、そこへギルドマスターが参加する。
「今確認した。群れは元の場所にそのまま居座ってるそうだ」
ツインヘッドグリフォンの襲来と聞いたギルドマスターは、即座に【鷹の目】スキルを持つ職員を物見に出していたという。その職員は馬で現場に急行したが、【鷹の目】スキルのレベルが高かったのが幸いして遠くから群れの健在を確認し、その顛末を魔導通信機で報告してきたらしい。
不幸中の幸いと言うか、凶報中の朗報を聞いて、少しだけほっとした空気がギルド内に戻る。
「さぁ、ノンビリしてる暇は無ぇぞ。迎撃の準備をしなくちゃな」
――ギルドマスターの声に応じて、冒険者ギルドが動き出す。
主人公どころかその友人たちも不在の状況で、SRO始まって以来の一大防衛イベントの開幕です。




