第百十四章 ナンの町災難篇~防衛隊決起~ 2.ナンの町防衛計画(その1)
一声でギルドの喧噪を静めた男は、ジロリと辺りを睥睨する。
歳の頃は四十絡みだろうか。然して大柄という訳ではないが、何か圧倒的な存在感を放つ男であった。
その男はギルドマスターの方へ向き直ると、
「差し出た真似をして悪かった。俺ぁ王都でトリプル背負ってるウェインて者だ」
――その一言でギルド内の地元冒険者たちが一斉に響いた。
(「トリプルAの冒険者だと?」)
(「……聞いた事がある。〝もの静かな男〟って呼ばれてるやつじゃねぇか?」)
(「たった一人でラモ砦をモンスターの群れから守り抜いたって……あいつがそうなのか?」)
(「てっきり屈強な大男だと思ってたぜ……」)
(「いや……本人は至って小柄で目立たないって聞いた事がある」)
彼ら地元冒険者たちを騒然とせしめた「トリプルA級冒険者」とは何か。
実はSROの公式設定では、冒険者ランクとしてはA級の上にS級があるとだけなっているが……SRO内の現場では、A級に十年以上留まっている者をダブルA、二十年以上留まっている者をトリプルAと呼んでいる。
一種の隠し設定であるが、現地の冒険者の間では、一発屋的なS級よりも、ベテランの証しであるダブルAやトリプルAの評価が高いのであった。
(「……そんな設定、初めて聞くぞ?」)
(「まぁ、SROだからなぁ……隠し設定ってやつじゃないのか?」)
(「ともあれベテランなのは確からしいし、ここは一つお知恵拝聴といこうじゃないか」)
「年寄りは温和しくしているつもりだったんだが……ツインヘッドグリフォンのあしらい方を知らねぇ連中が多いみてぇなんでな。つい口を挟んじまった」
軽い苦笑いを浮かべつつ、何でもない事のように口に出されたその台詞に、ギルド内の全員が思わず息を呑む。……〝ツインヘッドグリフォンのあしらい方〟――と、そう言ったのか? この男は?
「ナンの町でギルマスやってるゲイリーってもんだ。まず礼を言わせてくれ。お蔭でふらついてた碌でなしどもの腰が据わった」
周りをジロリと横目で見廻しての発言に、居並ぶ冒険者たちも決まり悪げである。自分たちはそんなに浮き足立っていたか?
「――で、本題だが、ツインヘッドグリフォンをどうにかする事ぁできるのか?」
「遣り方さえ間違えなきゃな」
無造作なその答に、誰かがゴクリと唾を呑んだ音が聞こえた。
「あんたを疑う訳じゃねぇが……実際にやった事があるのか?」
「あぁ、俺だけじゃなくて、そこにいる爺さんもな。アレックって名前の、こんなんでも一応は魔術師だ」
「一応は余計じゃ……済まんな。じゃが、ツインヘッドグリフォンなら確かに何度か相手にした事がある。……名告りが遅れたが、儂はアレック・ネスという。王都の片隅で、しがない魔術師をやっておる老い耄れじゃ」
そう淡々と無造作に名告った老人であったが、
(「ネス師って……」)
(「『魔術院の老怪』って言われてる魔導師が、確かそんな名前だったな……」)
こちらも思いの外に大物であったらしい。周囲の視線が件の二人に突き刺さるが、
「俺らだけじゃねぇ。そこの二人も経験があるはずだ。確かダブルの筈だったからな」
面倒臭そうなウェインの曝露によって、事態は更に混沌とした様相を呈してくる。
新たに生贄の祭壇(笑)に捧げられたのは、二人の男であった。どこぞの商人を護衛してきた冒険者と見える。一人は銀髪の長身で、ダブルA級の冒険者と言われても納得できる、如何にもな雰囲気の強面であった。もう一人はそれより小柄な二枚目だが、微笑みを浮かべている中にも眼は笑っていない。どこかこちらの奥底を覗き込むような眼をしていた。
ウェインの言に拠れば、前者がマーヴィン、後者がムーアというそうだが、
「自分たちはこちらに護衛として雇われてる身だ。雇い主の許可も無く、勝手に参戦する事はできん」
――というのが、今回護衛チームのリーダーを務めているらしいマーヴィンの言い分であった。それを聞いた一同の目は自ずと〝雇い主〟の方へ向かうが、
「あぁいえ、勿論お手伝いさせて戴きますとも。ハンフリー商会は、お困りの方たちへの助力を惜しむような事はありません。……私の身の安全も少しだけ考慮して戴ければ――ですが……」
――という雇い主の許可によって、新たにダブルA級冒険者二人の参戦が決定する。だが、それは新たな関心と困惑のタネをもたらす事にもなった。




