第百十二章 トンの町 6.運営管理室(その1)
「ズートレントに進化したか……」
「開発の連中の言ったとおりだったな……」
覚悟と諦観を交えた呟きが飛び交っているのは、今日も今日とてSROの運営管理室である。ただし、悲鳴や絶叫でないところをみると、今回の事態は或る程度まで予想されたものと見える。
そう……遡る事二十日近く前、シュウイがズートの実と種を入手した時に、既に予想と覚悟と諦めは済ませてある。
これまで散々に自分たちを自分たちを翻弄してきた「トリックスター」、しかも【使役術】持ちのシュウイがズートの苗の育成クエストを引き当てた事で、絶対何か碌でもない展開が待ち受けているに違い無いと、半ば宿命論的な強迫観念に取り憑かれた運営管理室の面々が、開発スタッフを追い詰め、取り囲み、吊し上げて白状させたのである。
大丈夫、覚悟は疾うに決めてある、最悪の事態は既に予測済みだ、取り乱したりするもんか。
……などという健気な想定を、あっさり恬と斜め上に越えて行くのが、シュウイのシュウイたる所以であって……
「おぃ……あれはどういう事だ? 何でズートレントが【聖魔法】なんて持ってるんだ?」
ズートレントは与えられた魔力に対応する属性魔法を身に着ける――そういう仕様になっていると、開発の連中が白状した。開発スタッフたちの想定では給水用の【水魔法】か、苗の世話のための【木魔法】を身に着けるのではないかとなっていたが、ジュナはその二つの魔法に加えて――管理室もシュウイも驚いた事に――【聖魔法】を持っていたのである。
「最後の最後に『聖水』なんて与えたからか?」
「いや……確かに、裏ルートで【聖水】スキルを得た事には驚いたが……」
「ズートレントへの進化には、十五日間魔力を注いでやる事が必要なんだろう? 【水魔法】と【木魔法】は魔石由来だとしても……」
「あぁ……複合属性の魔石なんてものを持ち出した時には驚いたっけな……」
「いや、それは確かにそうなんだが……問題はそこじゃない」
「そうだな。幾ら『聖水』を与えたからって、一日だけで【聖魔法】を取得するとは思えん」
「幸運値とか称号とか……」
「幾ら何でも、それだけじゃ説明が付かないだろう」
彼らが口角泡を飛ばしているように、ズートの苗からズートレントへの進化には、資格を持つ者が十五日間魔力を注いでやる必要があった。
シュウイがズートの種を蒔いたのは十九日ほど前であったが、途中の試験期間中に女性職員に灌水を代行してもらった事があり、シュウイが魔力の籠もった水を与えたのは、今日この日で十五日の満願となったのであった。
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なお、余談ながら瑞葉の方は、試験期間中にも手ずからの世話を欠かさなかった事もあって、既に十五日の満願を迎えている。ただし彼女は【従魔術】などというスキルは持っていなかったので、当然ズートレントへの進化などという異常事態は起きていない。彼女に起きたのは別のイベントであった。
苗に魔力を注いで十五日目の瑞葉の前に、突如としてメッセージウィンドウがポップしたのである。
《ズートの苗は順調に成長しています。領主に献上しますか? Y/N》
大事な大事な苗を他人に、しかも態々お偉方に面会して渡すなど論外――と考えた瑞葉が、即決でNを押したのは言うまでも無い。
彼女の中では議論するまでもない案件であったため、敢えてカナに伝えるまでもないと考えたのか、それとも単に忘れただけなのか……ともあれ、この情報はカナにも、そしてそこからシュウイにも伝わる事は無かった――〝ズートの苗に魔力を与えて十五日目に、イベントが発生する〟という情報は。




