第百十二章 トンの町 3.【聖水】
本日の予定を胸に冒険者ギルドに足を運んだシュウイたちであったが、
「あ、悪いけどちょっと待ってて。先に用事を済ませて来るから」
「「はい」」
シュウイの言う〝用事〟とは、ここのところ彼のルーチンワークとなっている「ズートの苗の世話」である。十九日ほど前に冒険者ギルドの中庭にズートの種子を蒔いて以来、ギルドを訪れる度に【霊水】スキルによる灌水を行なってきたのである。
途中、試験期間中はSROへのログインは控えた――同じクエストを受けている瑞葉の方は、試験期間中だろうが何だろうが、鉢植えの世話は欠かさなかったが――ため、その間はギルドの女子職員に水遣りを代行してもらったが。ともあれ、女子職員による代行を除いてこの日で十五日間、シュウイによる灌水が続けられた訳だ。
ちなみに、シュウイが態々【霊水】スキルによる灌水を選んだのは、この「ズートの苗を育てよう」クエストで〝ズートの苗に自分の魔力を与える〟ようメッセージが出たからに他ならない。普通のプレイヤーなら【水魔法】辺りで水を出して済ませるのだろうが、幸か不幸かシュウイが持っている魔法スキルは何れもモンスター仕様であり、「ズートの苗を育てよう」クエストの想定外となっていた。ゆえに、もしもシュウイが【水魔法(ホビン)】による灌水を行なっていたら、このクエストの成否が微妙となった可能性はある。しかし、先にシュウイの師匠であるバランドが【霊水】スキルを使用して順調に生育させていたという報告を受けていたため、シュウイもこの方法に倣う事にした訳である。
ところでこの【霊水】スキル、その効能は魔力の籠もった水を出すというものであるが、込められる魔力はスキル保有者の持つ魔法の属性に影響される。この事自体はあまり知られていないが、少し考えれば頷ける事でもあった……通常のケースであれば。
そして、その「通常」というワードから最も遠い位置にいるシュウイはと言えば……彼が保有している〝人間用〟の魔法スキルは、唯一【聖魔法】のみであった。必然的に、ズートの苗に与えられた〝魔力の籠もった水〟というのも、聖属性を帯びたものになっていた。
これだけでも運営管理室の心情を――それに気付いていれば――波立たせるに充分なものがあったが、この日のシュウイは更に一味、それも宜しくない方向に違っていた。
その切っ掛けとなったのは前日の体験……と言うか、〝【魔力察知】を鍛えるために【聖魔法】を発動したところ、本命の【魔力察知】のレベルアップには成功したが、【聖魔法】自体はレベルアップしなかった〟という、微妙な失敗体験であった。
「……今まで【霊水】で給水してきたけど……これ、【聖魔法】を使う事ってできないのかな?」
ズートの芽生えには今まで〝魔力の籠もった水〟を与えてきた訳だが、厳密に言えば要求されているのは〝芽生えに自分の魔力を与える〟事であって、それを水遣りと結び付ける必要はどこにも無い。灌水自体は【霊水】スキルで行なうとしても、〝魔力を与える〟事は別の魔法でも可能なのではないか? 例えば【聖魔法】の【治癒】とか?
「……いや、【治癒】って空打ちはできないんだっけ。健康な芽生えに対してそのまま使っても、発効しない可能性があるよね」
だからと言って、態と苗木を傷付けるような真似はしたくない。そうなると……
「【治癒】をそのまま使うんじゃなくて、【聖魔法】の魔力を【霊水】の水に染み込ませてやる必要があるのか……?」
〝【聖魔法】の魔力を染み込ませた水〟というのは他でもない、普段からシュウイがズートの苗に与えている水の事なのだが……そんな事など想像もしないシュウイは、どうやったら水に【聖魔法】を染み込ませられるのか、抑そんな事ができるのかを考えていたが、
「……確か、昨夜に【治癒】を使った時も、魔力自体は発生してたよね? 魔法が発効しなかっただけで」
なら単純に、水に向けて【治癒】を放ってやればできるのではないか? いや、それよりも――
「【霊水】で水を出す時に、【治癒】を放つように意識してやればいいのかな?」
できるのかどうかは判らないが、試してみる分には問題あるまい。そう気楽に考えたシュウイが、ものは試しとやってみたところ、
「……何か普通じゃないっぽい水が出て来たよね? ……うっすらとだけど光ってるし」
そこはかとない予感を覚えたシュウイが【鑑定EX】を使ってみたところ、そこに現れた結果は、
「……え? 『聖水』――って……何?」




