第百十二章 トンの町 1.【魔力察知】(その1)
六月の初日、二日後に文化祭が迫っているという名目で昼休みも準備に駆り出され、幼馴染みたちと相談もできず準備に追われている蒐一たち。ただ単にカップ麺を並べておけばいいだろうと、当初は気楽に構えていたのだが、いつの間にかご当地麺の分布まで調べて発表する羽目になり、ネット情報の収集やらその分析と纏めやら、果ては模造紙に書き出しての貼り付けやら、そのための板の手配やら……予想外のアレコレに振り回される羽目になっていた。
そんな状況で安閑とVRゲームの相談などできよう筈も無く、昨日の分の報告はメールを送るだけで済ませてある。
心身共に草臥れ果てた蒐一であるが、それでも癒しとなったSROへのログインは怠らず、今日も今日とてトンの町に現れるのであった。
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「【魔力察知】」
「――ですか?」
考えてもいなかったスキルの事を持ちかけられて、戸惑ったような台詞を発しているのは、モックとエンジュの新人コンビ。その発端となる問いかけを発したのは、彼らの指導係を仰せつかっているシュウイである。
「うん、そう。今すぐ入用なスキルじゃないとは思うけど、持っているとそれなりに役立ちそうなスキルだし、取得法のレクチャーぐらいは受けておいても損は無いと思って」
「「はぁ……」」
彼らが何を話しているのかというと、【魔力察知】の取得についてである。
昨日の集まりで入手した情報によって、シュウイは首尾好く【魔力察知】の成長に成功した訳だが、それとは別にテムジンから耳打ちされた事があった。それすなわち、冒険者ギルドにある訓練場の利用についてである。
シュウイの目論見が何なのかまでは詮索しなかったテムジンであるが、何かのスキルを成長させたいと考えているらしい事までは察したようで、ギルドの訓練教官なら相談に乗ってくれるのではないか――と提案したのである。
シュウイは一度利用したきり――その時に【奪刀術EX】などという物議もののスキルを拾った――で、その後はすっかり忘れていたのだが、【弓術】スキルの訓練を続けていたテムジンにとっては身近な場所であったらしく、その活用という案に思い至ったものらしい。
成る程――と思ったシュウイであったが、気懸かりな点が一つあった。
〝第二陣のプレイヤーが入り浸ってたりしませんか? 住人との交流狙いで〟
〝いや、少し前までならともかく、最近はそうでもないな〟
掲示板に流れた情報から、SRO攻略の鍵は住人との交流にあり――と合点した第二陣プレイヤーたちが、情報を求めて住人との交流を図り、酷い場合には粘着騒ぎを起こしている事は、シュウイの耳にも入っている。ゆえに当然、地元の冒険者という設定の訓練教官にも纏わり付いているのではないかと、内心で懸念していたのだが……テムジンに拠ればそれは無いという。
〝検証班が確認したところに拠れば、訓練所の教官から得られるのは、スキルを得るためのアドバイスだけ。それ以外の情報は得られないらしい〟
〝え? ……そうなんですか?〟
嘗て自分が教習をお願いした時には、捕り手術について〝この辺りではまだ必要の無い技術〟〝これだけ使えるならシアの町に向かっても大丈夫〟などの情報を然り気無く漏らしてくれたのだが?
暫し思案にくれたシュウイであったが、あれらの情報は何れも内容が曖昧であった事、従って〝シアの町に至る段階で対人戦のスキルを身に着けたモンスターが出る〟というのは、飽くまで想像に過ぎない事に思い至る。そういう意味では、〝確定した情報は得られない〟と言っても強ち間違いではないだろう。
シュウイが納得したのを見て取って、テムジンが話を続けるには、
〝自分がやったように、訓練を受けてスキルのレベルアップを図る事はできるが、それなりに時間を拘束される。メリットとデメリットが釣り合っていると考えるかどうかは、プレイヤー次第だろうな〟
プレイヤーならスキルはSPを支払って取得した方が早いし、スキルの説明なら掲示板を漁れば充分である。拘束に見合うだけのメリットが無いと判断されたらしく、一時期賑わった訓練場も、今では閑古鳥が鳴いているという。
〝そういう事なら、訓練場に行っても面倒無さそうですね〟
〝あぁ。尤もシュウイ君なら、仮に混雑していたとしても問題無いだろう〟
テムジンが何か達観したように呟いていたのが少し気になるが……ともあれ、シュウイは冒険者ギルドの訓練場に足を運んでみる事を決めた。
――さてそうなると、その間新人二人はどうするかという話になる。
彼らの自主性に任せて放任してもいいのだが、
(……どうせなら訓練場に連れて行ってもいいか。自分たちだけだと中々行く機会も無いだろうし……【魔力察知】も、あればあったで使えるんじゃないかな?)
――という判断から、冒頭の遣り取りが生じた訳なのであった。




