第百十章 トンの町 5.テムジン工房~護符と道具~
「あの……いいですか?」
怖ず怖ずという感じで手を挙げたのはモックであった。
「うん? どうかしたかな?」
「あの……先程の宝石飾りですけど……武器とか防具以外のものには付けられないんですか? 気になってるのは楽器なんですけど」
「楽器か……」
訊かれて思わず考え込むテムジン。βテストの時には、宝石はアクセサリーか御守りとして使われる事が多かった。畑違いなので詳しくは知らないが、確か魔術師の杖に嵌め込む事もあった筈だ。
魔術師にとっての「杖」と吟遊詩人にとっての「楽器」、更には戦闘職にとっての「武器・防具」は、何れもゲーム的には同じような地位にあるものだろう。そうであるならば……
「断定はできかねるが……使えないとも思えないな」
単なる護符だとその効果は自分一人にしか及ばないだろうが、吟遊詩人の楽器となると、その効果はバフを受けるパーティ全体に及ぶかもしれない。……成る程、これは是非とも検証すべき案件ではないか。
一同の関心が大きく引かれ始めたそのタイミングで、
「あ……だとしたら、工具とかにも付けられるんでしょうか?」
――無邪気な声で決定的な質問を放ったのはエンジュであった。
「……工具?」
「あ、はい。あたし、まだ宝石細工のスキルとか持ってなくて……」
加工すべき原石も手に入った事だし、【彫刻】と【研磨】は取ろうと思っているが、
「……取ったばかりのスキルがまともに使えるとは思えませんし、その分を工具で補ってもらえたらなぁ……なんて……駄目でしょうか?」
何しろ、宝石というのは押し並べて硬いものである。……と言うか基本的には、美しさと稀少性を兼ね備えた鉱物のうち、モース硬度が7より高い、つまり石英や水晶よりも硬いものが「宝石」と定義されるのだ。ちなみに、モース硬度が7以下でアクセサリーに用いられるものは、「貴石」と呼ばれて区別される。まぁこの定義にしたところで決定版という訳ではなく、「宝石」を「貴石」と「半貴石」に分けるなど、色々と異見があるのだが。
余談はともかく、そういう硬い石を加工しようというからには、スキルの他に専用の工具が必要になるし、その扱いにも緻密なまでの正確さが要求される。自らの技倆に不安を覚えるエンジュが護符の効果に頼ろうとしたのも――褒められた事ではないにせよ――無理からぬ事ではあったろう。
「いや……道具に頼って精進を忘れるようでは本末転倒だが、そうでないなら〝便利な道具を使う〟というのは、別に咎められる筋合いではないと思うが……」
そう言うテムジンの脳裏には、知り合いの鍛冶職人の姿が思い浮かんでいた。あの頑固親方なら、〝職人がそんなもんに頼るなぁ邪道だ!〟――くらいは言いそうだが……
いや、それより問題は――その〝工具〟の御利益は自分たちにも及ぶのではないかという事である。頑固親方の言い分は言い分として、右も左も判らぬ特殊鋼の加工に取り組むからには、手札は少しでも多い方が良いではないか。
「……確か……宝石の原石はそのままでは効果が無く、加工する必要があった筈だ」
――テムジンの呟きを訊いた一同の目は、自ずとエンジュに集まる事になった。
「……はぃ?」




