第百十章 トンの町 4.テムジン工房~耳寄りな話?~
見るからに未成年という感じのモックが、何でまた酒場などに足を運んでいるのか? 指導役としての立場上も聞き捨てにはできない――と、シュウイが事情を問い詰めて明らかになったのは、意外なモックの苦況であった。
吟遊詩人を志望するモックとしては、歌唱と演奏の技術の向上を図るのが望ましい。しかし、歌唱の方は――キャラクタークリエイトの時点で【歌唱】スキルを取った事もあって――何とかなるものの、問題は演奏の方であった。
キャラクリの時点では楽器が決まっていなかったためスキルを取得しなかったのだが、いざSROにログインしてみると、薦められたのは何とチャランゴという弦楽器。リアルでは触れた事どころか見た事も無い。さすがに見習いですらない吟遊詩人志望には手に余る代物で、SPを支払ってのスキル取得も視野に入れたのだが……問題はその練習方法にあった。
SROにおける歌唱系・演奏系スキルの習熟法は少し捻ってあり、レベルアップに「公衆」の評価が絡んでくる仕様になっていた。すなわち、異邦人と住人からなる「公衆」の面前で演奏し、そこそこ以上の評価を貰う事で、レベルアップし易くなるのである。
しかし目下のモックの力量はと言えば、【歌唱】スキルを当てにできる歌の方はともかく、演奏の方は甚だ心許無いのが実情である。公衆の面前での弾き語りなど、とても披露できる腕前ではない。
技術が拙いゆえに人前で演奏できず、人前で演奏できないため技術が上達しない。……世間ではこういう状況を指して〝詰んでいる〟と称する。
――このままではスキルも上達しないし、何より転職に差し障る。
そう考えたモックとエンジュは、せめて持ち前の【歌唱】スキルだけでもレベルアップさせておこうと、伴奏をエンジュに頼んでのリサイタルに、おっかなびっくり踏み切ったのである。ちなみに伴奏を受け持ったエンジュであるが、なぜかリアルでオカリナの演奏を修得していた。トンの町の市場で偶々オカリナの出物を見つけた事で、このリサイタル計画が持ち上がったのであった。
ともあれ、そういった次第で開かれたリサイタル――モック曰く〝公開処刑〟――が酒場のマスターの目に留まり、店内での「弾き語り」を頼まれた事で、暇な時に二人して酒場で歌う機会を得ていた。
……ちなみに、運営管理室の面々が胸を撫で下ろした事に、そこで「鼓吹の鈴」が伴奏に使われる事は……はっきり言えばそのバフ効果で酔っ払いどものメートルが上がるような事態にはならなかった。重畳にして上々の次第である。
些か前置きが長くなったが、ともかくそういう次第で出入りしていた酒場の中で、
「錬金術で造った素材がどうとか――っていう会話が、耳に入ってきたんです」
【錬金術】のスキルを用いて特殊鋼の製造を目論んでいるテムジンとシュウイにとっては、聞き流す事のできない話である。
しかし生憎な事に、モックもそこまで注意して聴いていた訳ではないため、それ以上の内容は憶えていなかった。モックは甚く恐縮していたが、これは仕方のない事であろう。
「あ……でも確か、王都の話だったと思います。会話の前後で王都がどうとかって言ってましたから」
「王都の錬金術師か……ナントに頼めば紹介ぐらいしてくれるかもしれんが……」
そこまでするのもどうなのかという気になって、テムジンも今一つ踏ん切りが付かないようだ。
「他に錬金術師って、いないんですか? この町」
「さて……【錬金術】はいわゆる不人気スキルだからな。取得しているプレイヤーは多くないだろうし……」
そうなると、相談すべきは地元の錬金術師という事になるが……
(……僕が持ってるのって、錬金術は錬金術でも、【錬金術(邪道)】っていう際物スキルだからなぁ……)
それを考えると、シュウイも軽々しく相談しようという気にはなれない。石もて追われるような事になったら困るではないか。
テムジンの方もそんなシュウイの事情を察したらしく、
「機会があればナントに訊いてみようとは思っているが、中々タイミングが合わなくてな」
――などと韜晦を決め込んでくれている。
一同ふーんと納得したところで、この件はけりが付いたかと思われたのだが……




