幕 間 【ファイアーランス】顛末 3.運営管理室
今回は拙作にしては少し長めです。
実は、今回の件でシュウイに渡す謝罪の品を何にするかは、運営管理室にとって頭の痛い問題となっていた。
つい先日にも同じような問題で頭を痛めたばかりであるが、今回は不手際の内容が内容、下手をするとフェイルセーフにも影響しかねない大問題である。あの時はコモンスキルの詰め合わせセットを渡して事無きを得たが、今回はそうお手軽なものでお茶を濁すわけにもいかないだろう。
「それは重々解っているが……」
「具体的に何を贈るのかと言われると……」
――とんと良い知恵が出ないのである。
思案投げ首の沼に沈みそうな運営管理室であったが、ここに新たな視点から新たな問題を投げ込む者がいた。
畏れ多くも「善事も一言、禍事も一言」の神の名を持つ、一言居士ならぬ一言信女、運営管理室の言霊使いと陰で呼ばれる一言夕子である。
「あのぉ~、こんな時にこんな事を言っていいのかどうか判らないんですけどぉ~」
〝だったら言うなよ!〟――という全員の心の声が彼女に届く訳も無く、
「素地スキルの件については、黙ってていいものなんですかぁ~?」
――あぁ、それもあったか……と、ウンザリの度合いを増した一同であったが、今回はこれが突破口になった。
「【闇魔法の素地】の支援効果か」
「あれがモンスターのスキルまで底上げするとは思わなかったからなぁ……」
「だが、確かに一言の言うとおり、黙っている訳にもいかんだろう」
「……いかんか?」
「……いかんだろう……いかんよな? やっぱり?」
正直なところを白状すれば、この件については黙っておきたい。何しろこの情報を伝えれば、あの「スキルコレクター」の事だ。モンスターのスキルを更に追加せんものと、嬉々としてモンスターを狩るに決まっている。
「……現状とそう変わらんのじゃないか?」
「大違いだ。これまでは単に出会ったモンスターを狩っていただけだが、次からはスキル目当てにモンスターを狩るという事だぞ?」
「うむ。その結果、スキルを取得する機会も増えるだろうな」
しかし、運営管理室の面々が真に危惧しているのは、シュウイがモンスター専用のスキルを得る事ではない。そんなのはとっくに諦めた。
「問題は――その結果彼が得る事になるモンスターの素材、それが市場に溢れ返る可能性があるという事だ」
「この段階でこれ以上の稀少素材を流通させるのは、やはり拙いだろう。……いや、道義的な問題ではなくて……」
「今でさえ泥沼化しそうなゲームの展開が、全く読めなくなるな」
「下手をするとシアの町以降が開放されるより先に、王都からのアプローチが発生しそうだしなぁ……」
シュウイがモンスター討伐に精を出すのはもう諦めるしかない。
しかし――せめてドロップ品を市場に流すのだけはできる限り阻止したい……というのが、運営管理室の偽らざる心境なのであった。
「そのためには、やはり自前で素材を使用してもらいたいところなんだが……」
「亘理のやつが仕掛けた邪道スキルが、それを阻んでいるからなぁ……」
妙に凝り性なところがあったらしい亘理という元社員――現在は退職して行方不明――のせいで、シュウイは【調薬】と【錬金術】のレシピを得る事が困難になっている。これまでは【鑑定EX】の奮闘の甲斐あって、初級のトレーニングに使う素材は確保できているが、より上級のレシピをどうやって見つけ出すのか。シュウイにとっても頭の痛い――筈の――問題になりつつあった。
「【調薬】の方は、バランドというNPCが良い仕事をしてくれたようだが……」
「【錬金術】の方はなぁ……」
一同揃って溜息を吐いたが、ここに一人天啓を得た者がいた。運営管理室の最若手、中嶌である。
「――待って下さい! 真っ当な方の【錬金術】のレシピ! それを彼に渡すというのは無しなんですか!?」
このまま【闇魔法の素地】の支援効果についての情報をシュウイに渡せば、勇んだシュウイがモンスター狩りに精を出すのは目に見えている。そして、その結果としてモンスター由来の稀少素材が市場に流出するであろう事も。それを少しでも防ぐためには、得られた素材をシュウイが自前で消費する流れを作り出さねばならない。
そのために【錬金術】のレシピを、邪道ではなく正道の方の【錬金術】のレシピをシュウイに提供するというのは?
「……ありだな」
「うむ。それに、これならば彼に対する謝罪の標としても遜色無い」
「実際には、こっちの都合で押し付けているだけなんだが……」
「このままなら入手の機会が乏しいだろう【錬金術】のレシピなんだ。彼にしてもメリットは小さくないだろう」
「一つ気になるのは……正道のレシピを渡す事で、邪道スキルの成長に悪影響が無いかという事なんだが……」
「いや、抑邪道スキル――正しくはアーツだったか?――自体が、【錬金術】なり【調薬】なりの正道を学んだ上で修得する筈のアーツなんだ。妙な形に手順が前後したが、正道のレシピを貰ったからと言って、アーツの成長が妨げられるとも思えん」
――と、まぁこういう風に話が纏まっていった結果……
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「へぇ、【錬金術】と【調薬】の邪道アーツに関する情報を戴けるんですか」
「はい。どちらも癖のあるアーツですし、本来ならもっと後の段階で修得されるものと予想されていましたから、基礎情報が出廻っておらず困っておいでだろうと思いまして」
しれっとした顔で言ってのける運営アバターであったが、言っている内容そのものに嘘は無い。実際、シュウイに対して何かしらの便宜を図るべきではないかとの意見もあったのだが、一プレイヤーに対して運営がそこまで肩入れするのもどうなのかという意見も強かったため、介入を見送ったという経緯がある。その意味では、今回の件は介入のための口実になったという一面もある。
「助かります。【調薬】に関してはバランド師匠からアドバイスも貰えたんですけど……」
「存じております。そこで今回は、些か特例ではございますが、【錬金術】の基礎的なレシピを幾つかお渡ししようと思います」
「え!? そこまでして戴けるんですか?」
「生憎と、邪道ではない正道のレシピでございますが、シュウイ様がお持ちのアーツにも役立つ筈のものでございます」
「ありがとうございます♪」
――斯くして、【ファイアーランス】のバグに端を発した今回の一件は、双方満足のうちに手打ちとなったのである。
次回から本編に移ります。




