幕 間 【ファイアーランス】顛末 1.運営からの使者(その1)
学校から帰宅した蒐一が、SROにログインしようとしたところで、一通のメールが届いている事に気が付いた。
心当たりの無いメールについては――面倒臭いのとセキュリティ上の懸念から――開きもせずに削除するのを習いとしている蒐一であったが、今回はそのメール――「運営よりお詫びとお願い」と題してあった――に心当たりというやつがあった。
「【ファイアーランス】のバグの事だろうなぁ……匠たちも言ってたし」
昼休みにアドバイスを貰ったばかりの蒐一は、恐らくは例の件についてだろうと察しを付ける。であれば開かない理由は無い。徐にそのメールに目を通したところ、そこに認めてあったのは、
「できるだけ早くお目にかかりたいって、どうやって……あぁ、仮想空間上のゲストルームへ来てほしいっていうのか」
ログインすると会見の諾否を問うメッセージウィンドウが現れるので、都合の好い時に《Y》をタップしてくれとある。
「だったら、お互い早い方が良いよね」
――とばかりに蒐一は、直ぐにゲストルームへ赴く事を決めたのであった。
・・・・・・・・・・
メールに書いてあったとおりに《Y》をタップした蒐一は、何も無い空間に飛ばされた。ただ、そこは何も無い空間ではあったが、それで特に不安や不快の念を掻き立てられるような事も無かった。何か安心させるような波動が流れているのかもしれない。精神操作の一種と言えば聞こえは悪いが、リラクゼーション空間と言えば納得もできる。
そこで暫く待っていたところ、蒐一の目の前に運営アバターと思わしき人物が現れた。整ってはいるが特徴の無い顔をしているのは、運営スタッフの個人特定を避けるための措置だろうか。
「シュウイ様、この度はこちらの不手際でご迷惑とご面倒をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って運営と思わしき人物は、深々と蒐一に……いや、シュウイに頭を下げた。何しろ、事はフェイルセーフに関わってきかねない案件である。運営側の態度も当然であろう。
ただ、シュウイとしては――驚きはしたものの――何の実害も被ってはいないし、こんな事態に至った理由も想像できるしで、そこまで咎めるつもりは無い。
果たして運営側の弁解は、シュウイ――と友人たち――が想像していたとおり、プレイヤーがモンスターのスキルを取得するという事態を想定していなかったがゆえの不手際というものであった。
「まぁ、それについては想像もできましたけど……これってどういう事になるんですか?」
シュウイとしてはそっちの方が気懸かりである。仮にオーク版の火魔法を没収などという事になるのなら、それ相応の補償をしてもらわねば納得はできない。
「それですが……運営としましては、人用のスキルとモンスター用のスキルを区別する方向で調整を図らせて戴きたいと思いますが……」
「成る程」
確かに、それが最も適切な対処法であろう。シュウイとしても、今後はモンスターのスキルが拾えなくなると言われるよりは、納得のできる落としどころである。
「ただしその場合、今度は〝どうやって両者を区別するのか〟――という問題が浮上してくる訳でして」
「?」
キョトンと首を傾げているシュウイ――こんな真似をすると、リアルで「微笑みの悪魔」や「惨劇の貴公子」の二つ名を奉られている危険人物には見えない――に、運営の人物が説明したところによると――
「あぁ……脳波で両者の識別が可能かどうかが心許無い――という事ですか」
「はい、恥ずかしながら」
人用スキルとモンスター用スキル、しかもどちらも同じ【ファイアーランス】を、脳波の波形だけで区別する。そんな技術は運営だって持っていない――と言うか、抑想定すらしていなかった。いや、CANTEC社の技術部もしくは三車生体工学研究所――ともにSROの開発母体――に問い合わせれば、使えそうな技術の一つや二つは見つかるかもしれないが、それをSROに落とし込むには時間がかかる。
仮にその技術を落とし込む事ができたところで、今度はシュウイの側に問題が発生する――スキル発動時に両者をきちんと区別して認識できるのかという。発動の瞬間に、フラリと心が揺れ動いたりしたらどうなるのか。抑、そんな事態が起きる事を懸念した結果が、今のSROで採用されている「詠唱」という方式なのではないか?
斯くの如く、色々と不確定要素の強そうな脳波認識の方法を敬遠するとしたら、残るは行動による区別である。一番簡単な方法は、詠唱の最後に人用かモンスター用かを指定する一語を追加する事であるのだが……
「えーと……例えば【ファイアーランス[ヒト]】のように指定すればいいんですよね?」
それに何か問題があるのか? そう問いたげなシュウイであったが、




